淫紋(アガニス)

mgdアガニス

淫紋

 

森で鍛錬をしていたところ連れてこられたアガレスは、説明を受けたものの状況をよく飲み込めていなかった。

自分の部屋のベッドでニスロクが眠っていた。メフィストに「お前しかいない」と肩を叩かれ、ぞろぞろと部屋を出て行く数人を見送った。ドアの向こうの誰もいなくなった廊下の虚ろな空間を、アガレスはしばらく眺めていた。

それが、『淫紋』という呪いに毒されたニスロクをアガレスが引き受けた顛末のすべてだった。

自分のベッドに横たわるニスロクを見れば、人が出て行った騒々しさに目を覚ましたのか半目を開けているがその表情はどこか虚ろだ。いつも凜としているニスロクのこんな姿を見るのは初めてだった。彼は昼食の支度を終えたところで高熱に倒れ、医務室に運び込まれてユフィールから淫紋という呪いの一種だと診断を受けたらしい。

「大丈夫か」
「ああ。…昨晩から怠く体が言うことを聞かなかった。今朝森に入って幻獣を生け捕りにして味をみてみたが、やはり味覚も鈍っている…」

恐らくヴィータならば命を落としているほどの高熱で森に入り幻獣を仕留めていたことにアガレスは驚く。しかも彼はその体でアジトの人数分の昼食をきっちり作り終えてから倒れた、というのだから。

「……ここは貴様の部屋だろう。すまんな…」

ニスロクの呟きに、ああ、いや、とアガレスは歯切れの悪い返答をする。ニスロクがこの部屋に連れてこられたのはアジト一同からのある意図を表しており、寝込んでいた彼がその状況を理解しているのか図りかねていた。
ニスロクは体の中の熱と怒りを放出しようとするように深く重たい溜息を吐く。

「明日の予約客の準備をしなければならないのに体が動かん…味覚も嗅覚も朝より鈍っている気がする…ある程度は勘で料理することはできるがいつまでもこれではままならん。…忌々しい」

『セックスすりゃ治るんだとよ』

先ほどのメフィストの言葉が蘇り、アガレスは首筋がじわりと熱を持つのを感じた。非常に雑な説明を受けたところによると、ニスロクにかけられた呪いは性交を繰り返すことで解消されるらしい。それまでは彼の下腹部に浮き上がった不思議な紋様が悪さをし、彼を高熱で苦しめ、ヴィータの場合はそのまま死に至らしめる。純正メギドのニスロクが命を落とすかは分からないが、すでに体が動かず五感も鈍っているとなれば放置するのは危険だった。
ニスロクには自分が幻獣に襲われ死に瀕した時に救ってもらった恩がある。彼とはそこから奇妙な縁を感じていた。ニスロクもそうだろう。メフィスト達が自分に彼を託すのも自然なことに思えた。ただ。

(肌を重ねる、とは)

アガレスはニスロクについて、違う星の下に生まれついたが不思議と長く付き合っていける友人のように捉えていた。大した会話を交わさなくても隣り合っていると心地良い。彼の食材調達の遠征に付き合い、夜空の下二人きりで肩を並べて食事をしたことや夜を明かしたこともある。だが、二人の距離はあくまでその「肩を並べて」止まり。それ以上接触したことも、しようと思ったこともなかった。この距離が続くのだと、漠然と思っていた。

「…ニスロク」

アガレスの呼びかけに、ニスロクが苦しげに閉じていた目を開けた。焦点はどこか濁っていたが、低く響いた声から何かを感じ取ったらしくアガレスを見返す。

「オマエを助けるために耐えてほしいことがある」
「…床を共にすることだろう」

アガレスは目を見開いた。意識が混濁しているように見えた彼は先ほどのメフィスト達との会話を聞いていたらしい。ニスロクは一度、深く呼吸をする。苦しげで明らかに病人のそれだが、琥珀の目はアガレスから離れなかった。

「私は明日の客をキャンセルするつもりはない…すまんが手を貸してくれるか、アガレス」
「勿論だ」

アガレスが間髪入れずに応諾すると、ニスロクの表情が少し和らいだ気がした。彼は体の熱を吐き出す溜息と共に、すまんな、ともう一度言った。

「いや…気にするな」

私としても他の者に任せてはいけない気がするのだ──アガレスは心の中でそう思ったが、余計なことだと思い伝えなかった。今は何より目的を遂げることだ。状況からすればまともに身動きの出来ないニスロクに対して自分が色々動かなければいけないはずだが…アガレスには性行為の経験がなかった。

「…手は尽くすが、オマエを不快にさせるかもしれない。すまない」

ニスロクの口角が微かに持ち上がる。アガレスの言わんとしたことを理解したらしい。

「気にするな。経験がないのは私も同じだ」

それに、とニスロクは付け加える。

「私なら大丈夫だ。それほど今この体は…貴様を欲している」

自身の鼓動を確かめるように胸に手を滑らせながら、琥珀の瞳がアガレスを見つめる。胸を刺された心地がした。気怠そうな瞳は普段の射るような鋭さはなかったが、油を混ぜたようにぬらぬらと光っていた。熱情がそうさせているのだ。『この体は貴様を欲している』──熱が籠もった低い声色が耳の内側を回っていた。残響だ。

「……湯浴みをしてくる」

そう言ってアガレスはベッドから離れようとした。一度冷静になりたい気持ちもあった。だがその手をニスロクが掴んだ。肌が灼けそうな、熱の塊のような手で。

「……、……すまん」

ニスロクは自分の無意識の行動について何か説明を試みたようだが、言葉にできなかったらしい。熱い手がそろりと手首から離れる。随分強い力で握られていたので肌がじんと痛んだ。

「待てないか」

声量を出さなくてもよく響くアガレスの声が空気を震わせる。ニスロクはわずかに目を見開いてから、…ああ、と認めた。湯浴みは手早く済ませれば数分。だが、耐えられないほどに、彼は。

「苦しい…」

正直に吐露した熱病者の体へ、アガレスはゆっくりと覆い被さった。火照った首筋に口付けようとすると、触れる寸前の吐息のぶつかりだけでニスロクの体が戦慄した。舌先に触れた肌が火傷をしそうなほど熱く、純正メギドとはいえニスロクが生きているのが不思議だった。舌で熱を辿りながら髭の生えた顎へ、そして震える唇へ。歯がカチリとぶつかる。アガレスが口を開くと、ニスロクも同じタイミングで口を開き、獣が噛み合うように口付けが深くなった。は、と息を漏らしながら舌が絡む。頭の奥底でふつふつと熱が煮え立つのを感じた。

「…ン…、は……」

初めてであるのに、アガレスはどこをどう触ればいいかが不思議と分かった。本能だろう。舌で口腔をまさぐり、歯列をなぞる。ニスロクは鼻から重そうな呼吸を漏らしたが、ずれなく応えてきた。口付けを交わしながら、下半身をぎこちなく擦り合わせる。芯のある膨らみ同士がぶつかりこすれ合うと、ニスロクから消え入りそうな微かな喘ぎが聞こえた。二人分の衣服を間に挟んでいるのに、互いの発火するような熱の硬さが伝わってきた。緩慢に接吻を解いたニスロクが自分のコックコートを剥ぎ始める。色っぽい仕草ではなく、熱くて堪らないという性急な動作だった。接吻でじわりと赤みを増した唇は唾液で鈍く光っていて、アガレスはそれに見入りながら自分も服に手をかけた。

胸、腹、腿。互いの肉体が触れあうだけでどろりとした煮え湯に身を浸したような感覚で、腰が一気に重怠くなる。アガレスは、はぁ…、と熱い溜息を吐いたきり少しの間何もできなかった。淫紋のある者と交わる者もまたその効果を受けるのかもしれない。

「ン…」

ニスロクが身じろぎしたのを合図に、アガレスは彼の体を抱擁し首筋に口付けた。鍛えられゆるやかに張った胸の筋肉、腹筋、太もも、骨の固さを感じるすね、少し冷たい足の先…滑らかな肌が擦れ合う。愛し合う者達の交わりはこういうものなのだろうな、とアガレスは思った。初めて肌を合わせるのに吸い付くように馴染みがよかった。
下腹部で触れあった二つの亀頭に手を伸ばす。性技を知っているわけではないが、欲望に従順になることが今は正解だと思えた。肉茎の双頭を手のひらで包むと、膨らんだ裏筋が触れ合い、どくどくと脈動が伝わってくる。手のひらをそのまま上下すると、互いの亀頭と裏筋が擦れて快感を与えた。欲にかられて少し強い力で握りこむと、ニスロクが色めいた溜息を漏らした。ふたたび擦るとエラがごつごつとぶつかりあいながら、先程より少し強い快感を与える。だが足りない。駄目だ、まだこれでは…──太ももの筋肉が浮き上がるような、堪らない焦燥に駆り立てられていた。アガレスは一度腰を引き、指の輪にピストンするように突き込んだ。

「ァ…ッ」

ニスロクの肉茎の先から多量の先走りが溢れ、手のひらを濡らした。ああ、成る程これで良いのだな…──心得たアガレスは本能のままに小刻みに腰を振るう。確かに酷く気持ちがよかった。先走りでぬるついた手のひらはピストンを助け、さらに快感を増幅する。逸る欲求に従い短い息を吐きながら引き締まった褐色の腰を振った。手の握力を少し強めると、二本の竿がさらに密着し、にちゅにちゅと粘性の音が強まる。ニスロクは眉を顰め、与えられる快感に没頭し目を伏せている。擦り合うスピードを上げると先走りがさらに溢れ、射精欲求が膨らんだ。先んじるようにニスロクの陰茎の先がぴくと震える。

「く、…っ…!」

アガレスの腹筋に生温かな精が跳ねる。
ニスロクは目を細めたまま肩を震わせ、しばらくしてから「すまん…」と呟いた。初めての射精を失禁だと思ったようだった。流石に動揺するのか、伏せ目の睫毛の下で金色の瞳がかすかに揺れていた。

「いや、これは尿ではなく射精だ。男として正常な反応だ。気にしなくて良い…」
「これが…か」

ニスロクは自らの体液にまみれたアガレスの手のひらをまじまじと見つめた。射精、精液というものを知識では知っているが体感するのは初めてのようだった。

「とろみがある…澱粉が混ざっているのか?」

アガレスはベッドの中でもいつもと変わらず料理人である彼らしさに苦笑していたが、突如手のひらを襲うぬるりとした感触に表情を無くした。白濁に伸びた赤い舌。伏せ目の睫毛の黒。視覚的な刺激にアガレスが身動きを忘れているうちに器用な舌は手のひらを這い上がって指の股の残滓を舐め取り、離れていく。

「…味覚が狂っているのを忘れていた」

ニスロクは不愉快そうに呟き、舌打ちする。アガレスは何も言わず黙り込んでいた。代わりに速く脈打つ心臓。そのせわしい鼓動に促されたように、気付けば精で艶めいたニスロクの唇を塞いでいた。まだどこかぬるついた舌に舌を絡めて唾液を吸い上げれば、精液の独特の風味が鼻を抜けていった。

「……どうだ?」
「うまくはないがまずくもない」
「貴様、味を評するならもう少しまともな表現をし、」

言葉を奪うように唇を塞ぐと、ニスロクは抵抗なくアガレスの舌を迎え入れた。一度ゆるやかに縮んだニスロクの陰茎はアガレスの手の中で再び膨張を始め、もう先程と同じ硬さを取り戻していた。彼の体が異常な状態であるのがはっきり分かる。ニスロクも自分の熱が冷めない苦しさに、は…、と唇を離し喘いだ。

「……自分の体が思い通りにならないというのは不愉快なものだな…。この後はどうすればいい」

アガレスは黙り込んだ。射精を繰り返しさせてやるのも手だろうが、根本的な解決にはそれ以上のことが必要なのだろう。しかし自分は男で、ニスロクも純正メギドとはいえ体は男を模している。『それ』が可能なのか。もっと言えば、友人同士で許される行為なのだろうか…、という煩悶が静かに沸き上がってきていた。──それは男女間、もっと言えば恋人や夫婦間でのみ交わされるものなのではないか…──。

「アガレス…貴様は自分で思うよりも飢えた顔をしているぞ」

ニスロクの言葉にアガレスははっと顔を上げた。目の前では美丈夫が人の悪い笑みを浮かべていた。ふいに陰茎に指が絡み、腰を引きそうになる。ニスロクの指の腹はアガレスの陰茎の根元から先端までをゆっくりと滑った。筋を浮かせて膨張し、硬く反り返った陰茎を。

「私も自分の体が飢えているのが分かる…互いに食わせ合うしかないだろう」
「食わせ合う、か…」

ニスロクらしい表現だった。琥珀の目はじっと熱っぽくアガレスを見ていた。高い鼻筋、骨ばった顎、喉仏…異国の美しさを内包したアガレスの顔つき、体つきを眺めていた。彼が他人をこれほど見つめるのは珍しかった。溜飲と共にさきほどの煩悶が消えていく。いや、そうさせられたのだ。自分を欲する美しい男によって。
アガレスはニスロクの脚の間に褐色の指を滑らせる。蜜を垂らして勃起した肉茎の下、陰嚢に隠れた秘所へ。近づけると指がむわと湿気に包まれ、そこが刺激を待ち侘びていたのが分かる。

「…こんなにも、」

思わず、アガレスは声をあげた。入り口を軽く押すだけで指先がつぷりと秘所に入っていく。それほどにニスロクの体は熟れていた。指が滑るほど多量の分泌液は淫紋によるものなのだろうが、淫らで、アガレスに困惑と興奮をいっぺんに与えた。
指を一本根元まで埋め込んでもニスロクは眉を顰めるだけで、声を上げない。だが内部はくっと収縮し、指を締め付けた。アガレスは彼の表情を見ながらそっと指を抜き差しし、もう一本を増やす。ニスロクは少し息を詰めたが、やはり何も言わなかった。
アガレスが、大丈夫か?と尋ねると、ニスロクは答えずに緩慢な動作でアガレスの陰茎に手を伸ばす。亀頭を、まるで鶏の頭を締めるように指で握られ、アガレスは息を詰めた。

「貴様のこれが…入るのだろう?早くしろ…考えるだけで頭がおかしくなるようだ…」

ニスロクの表情にはかすかに高揚に似た緊張感が滲み、声は興奮に上擦っていた。アガレスの頭がカッと熱くなる。湧いた衝動のままにニスロクの太ももを少し強引に開き、猛った自身を秘所に押し当てる。蜜の溢れたそこは音を立て、柔らかくアガレスを受け入れた。

「ぁ、く…っ、ぅ」

吸い込まれるようだった。軽く腰を前にやれば陰茎がずぷずぷと沈み込んでいく。それほどにニスロクの中は熱く、ぬかるんでいた。腰が抜けそうな快楽。止まっているだけで自身がじわじわと融けだしていきそうだった。このままでいたい、そう思いながら焦燥を帯びた本能で腰が動く。抜ける寸前まで引き、思い切り奥に打ち込むと、息を詰めたニスロクのまなじりはとろけていた。

「はっ、ぁ、…ぁ、ぅ…ぐ、」

甘さを含んだ声。淫紋のせいなのだろうが、ニスロクが耐えきれない快感を感じているのがわかった。仰け反って震える白い喉を見下ろしながら無心で腰を打ち込む。ニスロクの柔肉はアガレスを抵抗なく受け入れ、身を引くと抜かれることを嫌がるようにきゅうきゅうと締まる。敏感なカリ首に甘く絡みつく感触がどうにもたまらず、無心で腰を打ち付けた。
無心で行為に没頭していると、ニスロクが吐息の合間に、アガレス…、と呼んだ。律動をゆるやかに止めると、腰周りが疼いたが抑え込む。

「…どうした」
「体制を変えたい」
「痛いか?」
「…脚がな」

ニスロクが言うには、挿入のために開いたままの太ももの筋が痛いということだった。体の柔らかいアガレスは、成る程そういうことがあるのか…?、と思いながらニスロクが寝返ってうつ伏せるのに任せた。

「…少し動き辛い。腰を上げてもらっていいか」

四つん這いになれ、という要望を気高い彼は屈辱的に感じるだろうか。アガレスは少し危惧したが、ニスロクは無言のまま緩慢な動作で腰を上げた。その瞬間、赤みを帯びた窄まりから透明な粘液が垂れ落ちる。緩慢に糸が途切れてシーツの上に染みを作るのを思わず見ていると、もう一筋がつうっと垂れ落ちた。

「…アガレス」

焦れたような声にアガレスは我に返る。ニスロクの腰を抑えて自身を押しつけると、彼の背が波打ち、感じ入ったような深い溜息が聞こえる。体制が変わったことでより圧迫感を感じるらしい。アガレスはゆっくりと律動を再開しながら、密かに目を見張った。

(これは…)

──もの凄く、いやらしいのではないか?──
快感が強すぎるのか逞しい白い背を時折くねらせる姿。そのたびに結い目が崩れかけた三つ編みが揺れる。彼の背は広く雄々しいのに、しっとりと汗に濡れて薄白く光る肌はひどく淫靡に映る。気遣いを忘れて奥深くまで突き込んだ。獣の交尾と同じ交わり方だ。まるでいけないことをしている、人の禁忌に触れたような。

「…う゛っ…、……っく……ふ、…」

ニスロクがシーツに顔を突っ伏し、先程よりも懸命に声を堪えようとしているのが分かる。淫紋に毒された彼の体は挿入の深さを増した肉茎の刺激が堪らないらしい。窮屈な最奥で亀頭を搾られる。精も意識もすべて持っていかれそうになり、必死で腰を振った。

「っぁ、あ……っくっ──…!ぅ、」

ニスロクの背筋にぐっと力が籠もり、太ももが痙攣する。粘膜は震え、不連続にゆっくりと収縮を繰り返した。アガレスは、大丈夫か、と尋ねようとしたが、声が届かない気がして代わりに白い背をさすっていた。強張っていた背中はやがて萎むようにゆっくりと脱力していく。肩で息をし、その首筋は汗で光っている。シーツに顔を埋めたまま、ニスロクはしばらく黙り込んでいた。
アガレスが一旦自身を引き抜き様子を見ていると、彼はうつ伏せていた体を重たげに寝返らせて仰向けになる。

「少し熱は冷めたか?」
「…いや、……まだだ…」

そう答えたニスロクはまだ絶頂の余韻から抜けきっていないのか滑舌はどこか覚束なかった。彼は天井を見上げたままうわごとのように尋ねる。

「…ヴィータは皆こんなことをやっているのか」
「…いや、皆ではないだろう」

同性同士で性行為に及ぶ者はそう多くないだろう…アガレスはそう思いながら答え、「もう止めておくか?」と尋ねる。手に触れるニスロクの肌はまだ熱く、淫紋を解くには行為を続けなければいけないのは明白だったが、同時に彼が消耗しているのを感じていた。

「途中で放り出すな。飢えた『客』がいたら最後まで満足させろ…『客』は私だけではない、貴様もだ」

アガレスの口元にじわりと笑みが浮かぶ。彼の流儀を好ましく思ったのもあるが、求められるのも存外に嬉しかった。
挿入のためにニスロクがまたうつ伏せるのを待ったが、彼はアガレスの顔を見上げたまま寝返ろうとしない。

「この体制では脚が痛いのだろう?」
「少し貴様の顔が見たくなった。…何故だろうな」

確かに、とアガレスも思った。背を向けているニスロクの姿は色っぽいが、眼下に彼の顔があるのはどこか安心する。彼の顔が苦痛に歪めばすぐに分かってやれるからだろうか。それだけではない気がした。

「…何故だろうな」

ニスロクが呟いたのと同じ言葉を返すと、彼は少し不満げに眉を顰めた。問いを問いで返すな、と思ったのだろう。どこかぎこちなく開いていく脚に微笑みと欲求を誘われ、腰を進める。まるい亀頭の先が触れると、熱を持った窄まりがヒクと収縮した。ニスロクの中に迎えられるのを悦ぶように陰嚢が甘く疼く。ニスロクも眉を寄せた伏せ目でじっと結合を待っていた。

「っ、…ふっ…」

窄まりの抵抗を抜けた先。ぬるついた肉膜に包まれるともう全てを持って行かれそうな感覚を覚える。それほどに彼の中は熱く、蠱惑的だった。アガレスは深く溜息を漏らす。気を抜くと今にも出てしまいそうだった。
眉間に皺を寄せ固く目を瞑っていたニスロクの頬に口付けると、熱に潤んだ琥珀が細く姿を現す。まるで月のようだ…、アガレスはそう思いながらニスロクの脚を撫でた。アガレスの腰が割り込んだことにより開かれた彼の太ももはぴんと張りつめ、時折微かに震えていた。腿の筋が痛むのだろう。アガレスがこのまま律動していいものかどうか考えていると、ニスロクの脚が唐突に腰に巻き付いてきた。腰を両側から締められたようでアガレスは驚く。身動きが取れない。正確に言えば、律動することしかできない。ニスロクを見れば、彼も陰茎をより深く咥え込むことになったことに、は…、と息を漏らしてから、

「私はこの方が良い…」

と呟いた。アガレスは何故かどきりとする。それから、こうしてぴったりと絡み合うように密着した方が脚が痛くなくて良い、というつもりで言ったのだろうな、と気付いた。頬が火照る。耳に残る甘さを含んだ低い声の余韻。ニスロクの体温が移ったように耳と首筋がしつこく熱を帯びていた。

「はぁ…、はっ……っく、ン、ぁ…」

ニスロクの半開きの唇が色めいた吐息を漏らす。睫毛の下で揺れる琥珀の瞳が、ピストンするアガレスの熱の感触をつぶさに追いかけているのが分かる。料理にしか興味がないはずの男が色欲にふける様に目を奪われる。

ニスロクの脳裏で星が散る。本当はもっと声をあげたいが耐えていた。思うさま喘げば、舌の根からとろけてそのまま自分という存在が崩れてしまいそうだった。誰か良からぬ人間の呪術に屈服する心地もした。

「ぁ、ぅ゛…っ、っく……ぁ」

それでも声は抑えることができるだけで止められない。アガレスの陰茎が出入りする度に腹の奥底から腰が抜けるような法悦が背筋を駆け上がってくる。奥深くまで届く長さのあるそれが抜ける寸前まで引かれた時の甘い寂しさに似た感覚と快感。ふたたび奥深くまで荒々しく満たされた時の充足と苦しさ。単に排泄器官だと思っていたそこからこんな快楽を得て狂わせられるとは。

(ヴィータの体とは恐ろしいな…)

ヴィータの体を模したが為にこんな快楽を知ってしまった。料理欲求のために生きている自分が…──。時間を忘れ無心で耽ってしまいそうになる。いつまでもこの男と交わっていたいとアガレスの陰茎を無意識に締め付けてしまう。甘い毒に全身が浸されるような行為だった。

「ニスロク…少し力を抜いてくれないか」
「っ、?」
「力を抜いて欲しい…窮屈でうまく動けないのだ」

頬がじわりと熱を帯びた。自覚はあったが、無意識の反応を指摘されるのは思いもよらず恥ずかしい。羞恥、そんなものが自分のなかにあったことにニスロクは驚く。

「…すまない…」
「いや、…」

頬を赤くしたニスロクを見てアガレスが謝る。ニスロクは下半身から力を抜こうとした。しかし意識すればするほど、アガレスを食い締めているそこが肉竿の感触を拾いあげてしまう。緩めるどころか、力が入ってしまう。するとその質量や形をより感じることになり、腹の奥が甘く疼いて一層堪らなくなる。

「…っぁ……」

アガレスがニスロクの胸をまさぐり、鍛えられ膨らんだ胸を揉んだ。力を抜かせようとした咄嗟の行動なのだろうが、今のニスロクには辛い。これ以上の刺激はもう要らないというのに。過敏な肌を撫でられ、慣れないたどたどしい手つきで肉を揉み込まれると焦燥が昂ぶり腰が勝手にもじつく。ふいに褐色の指が胸の先を摘み、ア、と声が上がった。じんじんと赤く熱を持っていたそこに指先が掠るだけで我慢ならないというのに。

「あッ、アガレ、そこ」
「ここか?」
「っく、待、っ」
「なんだ?」

ニスロクが首を仰け反らせる。思いもよらぬ反応だった。胸の先を摘むと、ナカは緩むどころかぴくぴくと戦慄しきつく締め付けてくる。

「っく…苦しいな…」
「ぅ、もッ、そこはいいッ、離、」
「だが、良いのだろう?」
「ぁ゛、…はっ」
「良いのだな…」

ニスロクが良いのなら弄ってやらなければならない。アガレスはそう思い、赤みを増した尖りを指先で摘み上げてこする。呼応して強く締め付ける粘膜の圧迫に熱い溜息を漏らすと、ゆっくりと腰を動かし始める。もう限界だった。熱くぬめった粘膜は多少の無理をしても傷つけることはないだろう、と雄の本能が理性を押しのけた。抽送はぎこちなく、小刻みにしか出来ないが、それでも人語をすべて忘れてしまいそうなほど気持ちが良い。逸る腰を止められない。肌を打ち鳴らす湿気た音。ニスロクを見れば、声を抑えるためか快感が大きすぎるのか、折り曲げた人差し指を噛んでいた。アガレスはその手を掴んでどけると、彼の顎に手をかけ自分の人差し指と中指を乱暴に突っ込んだ。代わりに噛め、と。いつも寸分の乱れなく食材を処理し料理を仕上げる彼の手が好きだった。

「っく、ふ、…ぅ、ぁ」

──あれほど今世で料理に執着し、他には関心を示さない男が──。

与えられる刺激に抗えず、官能に溺れている。いつもの硬質な態度とはほど遠い、ふと優しさを見せる時よりももっと甘やかな声をあげながら。こんな彼は誰も見たことがないだろうし、見るのが自分だけで良かった、と安堵した。それが森を護っていた時の、侵入者を排除し静けさを保てた時の安堵に似たものなのか、そうではないのか分からないが。

◇ ◇

「…あいつら流石にもう終わったか?」

メフィストのグラスの底がテーブル表面に当たり、コンと軽い音を立てる。ちょうど酒を飲み終わり、カードゲームも一段落ついたところだった。メフィストの呟きにインキュバスが壁の時計を見た。

「もう三時間か…」
「出てくるまで放っといた方がええんちゃう?」
「ちょっくら様子見てくる!」

威勢よく立ち上がったメフィストはインキュバストとカスピエルの方を見たが、二人は行く気が無いと表情で返した。代わりに間延びした明るい声が聞こえる。

「ハイハイ、旦那!アタシが行きますぜ。ちゃんと看病できてるか兄ちゃんのこと心配だし…」
「勿論、ニスロクさんのこともね」

ハーゲンティーとセーレだった。先程ハーゲンティーがアガレスを探していたのでメフィストが「あいつはニスロクを看病してる」と伝えていたのだった。

「お前ら…ガキが行っていい場所じゃねえと思うぞ」
「なんで?アガレス兄ちゃんの部屋でしょ」
「……」

メフィストは一瞬考え込んだ。考え込んで、ハーゲンティー達が納得させるのが面倒になったので「ま、いっか!」と二人を連れて行くことにした。ソロモンは、この件についてはアジトの皆に伏せておこう(特に健全な青少年には)という方針だったが、メフィストは自分なりに努力をしたつもりだったので。もっと言えば、ニスロクには「食事中にグダグダ喋るな!」等々食卓で叱り飛ばされており良い印象を持っていなかったので。
二人を後ろに従えメフィストはアガレスの個室に向かう。昼間であり、またソロモンの幻獣討伐についていったメンバーも多いためか廊下にひと気はなかった。

「お前らちょっとそこで待ってろ」

一応ハーゲンティーとセーレに距離を取らせ、メフィストはアガレスの部屋のドアの外からまず様子を探ろうとした。木製のドアに耳を近づけるが、耳がピタリと密着する前にメフィストの鼓膜が漏れ聞こえてくる人の声を拾った。

『アガレ、ス…ぁ、あ、あ、…ッく』
『ニスロク…っ』

紛れもなくニスロクとアガレスの声だ。メフィストの首筋にぶわりと動揺の汗が浮く。耳を澄ませるとベッドが軋む音も聞こえてきた。休むことなく、耐久が心配になるほど激しく。

「ど~お?兄ちゃん居そう?…ってワァ!!」
「え?!メフィストさ、」

離れた位置から声をかけてきたハーゲンティーと隣のセーレを両脇に捕まえると、メフィストは全速力で大広間へ向かって駆けた。

(メチャクチャ真っ最中じゃねェか!!!!!)

メフィストには事後に邪魔してからかってやろうという悪戯心が少しあったのみで、どろどろの情事の最中に突入するほど肝は据わっていなかった。

◇ ◇

褐色の指でニスロクの腹を撫でる。淫紋はもう消えていた。

「…もう大丈夫だろう。すまんな…」

ニスロクがぼんやりした口調で礼を言う。彼の体温は普通に戻っていた。情事のあとの湿気を含んだ不快ではない空気が部屋を満たしていた。アガレスはベッドに腰掛け横たわるニスロクの様子を見ていたが、そろそろ腰を上げることにした。尻がシーツに沈み込むように重く、この場に居たがったが、自分を叱咤する。

「…中のものを洗い流した方がいいだろう。湯を持ってくる」

呪いを解くためとは言え、何度も彼の中に精を放ち穢してしまった。害があるかは分からないが衛生的な観点から早めに処置をした方がいいだろう。そう思い腰を上げかけると、アガレス、と名を呼ばれた。

「気にするな。自分のことは自分でする。それに私はヴィータのように柔ではない…」

ニスロクはそこまで言って目を細める。戦慄する睫毛と色めいた溜息。腹の奥底で燻っていた快感の余韻がぶり返したようだった。
アガレスは大人しく彼の隣に身を横たえた。引き留めた本人はもうそれで満足なのか、黙ってしまう。裸の肩が少し触れあう距離での心地よい沈黙。アガレスは天井を見つめながらふと、呪いが解けてしまった以上もうニスロクとこういう行為をすることはないのだな、と思った。幻獣を狩りに行き野営で焚き火を前に語らう時もこれほど密着することはない。そう思うと、胸の裏側がかすかにざわついた。これは何だ?運命のように、何か名前がついたものなのだろうか…と何もない天井に答えを求める。

「…決まった。悪くないな」

ニスロクがそう呟いたので、何がだ?と尋ねると「明日の予約客用のメニューだ」と返ってくる。彼の頭はもう料理一色に戻ったらしい。アガレスは微笑む。いつもと変わらぬ彼らしさが好ましかった。
するとニスロクがこちらを向き、アガレスの唇をじっと見つめてから顔を近づける。おや、と思った時には唇を噛むように塞がれていた。深く舌を絡めて、味わうように。

「ヴィータの愛情表現について今まで関心を持つことはなかったが、少し理解した」

顔を離したニスロクは穏やかな声色で言った。

「良いものだな。食っても無くならない、というのは…」

自分の解釈に満足した様子で呟くと、ニスロクは目を閉じた。純正の彼にしては珍しく、夕食の支度まで眠るようだった。