◆たのしい夜
足がぷらん、ぷらん、と揺れる。
誰かに運ばれてるなぁ、誰だろう。 目を閉じないまま鼻を動かすと、 色んな香辛料と清潔な石鹸の匂い。…あぁ、君か。 口元が微笑みでくすぐったくなる。
控えめな音で開かれるドア、馴染んだ自分の部屋の空気。 逞しい肩に担がれていた私の体はそっとベッドに下ろされる。
「…いつもすまないねぇ。ありがと」
むにゃむにゃと礼を言うと、ニスロクは「起きていたのか…」 と呟いた。ベッドを離れようとする気配。私はその袖を掴んだ。
「…なんだ?」
「お祝いの料理たくさんありがとう。君も少し寝ていきなよ」
「なぜだ。私は片付けがある」
「片付けはあとで起きたらやればいいんだよ~」
「貴様の感覚だな…だから台所が散らかるのだ」
「そうかもねぇ。 でもたのしいことがあった後はたのしいを堪能しようよ」
私が袖を離さずにいると、 しばらく黙っていたニスロクはベッドに腰を落とし、 私の隣へ寝っ転がった。骨組みが軋む音。 急にベッドが狭くなって、私はふふと笑った。
「ニスロクはおっきいねぇ」
「少し休んだら行く」
ニスロクはベッドのへりで長い手足を伸ばす。 なんだかベッドが傾いてる気がするなぁ。 私はその傾きに従って寝返りを打つと、 ニスロクの肩にそっと額を押しつけた。 いつも大きな包丁をふりまわしている太い腕だ。 ハックみたいにムキムキじゃないけど、 厚めの筋肉に包まれてずっしりとした…。
「お父さんみたいだなぁ…」
「何?」
ニスロクの「何?」が「ナニ??」でちょっと面白い。本当に、 何を言ってるんだ、意味が分からん、って感じだ。
「子どもの頃もよく寝てたんだけど… 悪夢で目が覚めることが多かったんだよねぇ。夜とか」
自分の立っていた世界が私を置いて全部どこかへ吸い込まれて消え てしまう夢だ。今思えば、 メギドラルの追放刑で自分の体から魂が切り離された時の感覚にち ょっと似てる、途方も無い心許なさ。寄る辺なさ。
「夜中ひとりで泣いてると、 お父さんが起きて来て隣にいてくれたんだ。 あんまりうまくない子守唄歌いながらねぇ」
やさしくてちょっと不器用なお父さん。 ヴィータの私に料理を教えてくれたお父さん。 成長が止まって歳を取らなくなった私が村を出ることにした時、 やってた料理店も閉めちゃおうと思ったけど、絶対にやだ、 俺が引き継ぐ、って譲らなかったね。
街を点々とする私が新しいお店を開くともう足腰が悪いのにかなら ず来てくれて、まだまだだ、とか、処理が雑だ、 とか文句言うのに帰る時は目を合わせないで『美味かった。 また食べに来る』って。ゆっくりしてけばいいのに、 って言っても聞かないで帰っていく落ち着きのない背中を見送った なぁ。
「…『たのしいを堪能する』のではなかったのか」
ニスロクの親指が私の頬を拭って、離れた。 濡れた親指はそっと握り込まれる。
「…たのしいよ。色々思い出せて、寂しいけど嬉しくて…。 たのしい」
「そうか…ならいい」
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