◆百年一途
寒風の夜、自宅マンション。
「あれ?ニスロク。どうしたの」
「貴様が掃除を手伝えと言ったのだろう」
ドアの前に立っていた強面大男の不審者、 もといニスロクが眉を寄せる。フルフルは記憶をたぐり寄せる。… あぁ、言った。先週、用事があって電話したついでに『 うちのキッチンの掃除、今度手伝ってくれると嬉しいな~』と。 その時は文句を返されたので、 律儀に来てくれるとは思っていなかった。
家に上げると、 シンクに積み上がった皿や転がるワインの空き瓶を前にニスロクが 驚愕する。
「なぜ貴様一人なのにこんなに台所を散らかせる…?!」
「忙しくってねぇ」
「何が忙しい。貴様が店を開けるのは月1~2回だろう」
「寝るのに。冬は寒くて」
お布団から出られないんだよねぇ、と返すと、 ニスロクの硬質な表情にピリッと怒りが走る。が、 数百年の付き合いでこれ以上のやりとりは無駄だと知ったらしく、 無言で背を向けると積まれた皿を洗い始めた。
「…ろくな食事を取っていないな貴様」
白磁が光り輝いて見えるほど綺麗に洗い上げた皿を次々と拭き役の フルフルに渡しながら、ニスロクが呟く。ワイン、チーズ、 気が向けばパン。気の抜けた普段の食生活を言い当てられ、 フルフルは小さく苦笑いする。 やる気が出た時はちゃんと作ってるよ、と答えようかと思ったが、 その頻度も見抜かれそうで黙っていた。
◇
「…完了だ」
ニスロクが逞しい腕をタオルで拭う。積み上がった皿は一掃され、 ワインの空き瓶やゴミが全て片付けられ、 磨き上げられたシンクは新築のように輝いていた。
「ありがとう~。晩ご飯まだでしょ?お礼になんか作るよ… あり合わせだけど」
「いや、近くで仕事がある」
「え?こんな時間に?」
「今日入籍した若い夫婦の家に呼ばれている。 記念にバレンタインデーらしいチョコレートのデザートを作ってほ しいと」
身支度を整えたニスロクは、 自分の鞄から淡い水色の包みを取り出し、フルフルに渡す。
「 今年は良いブランデーが手に入ったので香りを効かせた一品にした 。冷暗所に置き三日以内に食え」
「…ありがとう」
毎年律儀だなぁ…とフルフルは思う。あれは百年近く前だろうか、 この世界にデパートというものが出来て少し経った頃。 一緒に買い物に来たニスロクが店内に踊るバレンタインデーと『 愛を贈りましょう』という文字を指し、何だあれはと尋ねてきた。 フルフルは『お世話になった人にチョコを贈る日だよ』と答えた。 本当は、好きな人に贈る、あわよくば愛の告白する、 がメインなのだろうが、(この子に分かるかなぁ… 聞き返されたら説明するの面倒だなぁ…)と思ったので、 その辺は省略した。『良い文化だな…』 と納得したらしいニスロクは以降、 毎年二月十四日に手製のチョコレートをくれるようになった。
数百年前、宵界メギドラルの荒野で。 まだ小さかった彼がおなかを空かせていたので温かな煮込み料理を 分け与えた。そのへんに生えてる草や獣の肉を煮込んだ、 今思えば料理とは呼べないようなものだ。 だが子ども用の小さな器を夢中で掻き込んだ彼は、 以来料理に魅了され、メギドの本分である戦争への欲求を捨てた。 彼が料理に情熱を燃やすきっかけ。 彼は未だに忘れず胸に留めているらしい。
綺麗な水色のラッピングを解くと、華やかな洋酒の香りが広がる。 食べなくても分かる、 甘さとほろ苦さが上品に交差した口溶けのいいチョコレート。 フルフルの好みを熟知した味だ、情熱的な魔術のような。
「なんて言うか君って…一途だよねぇ」
語弊だなと思いつつ呟くと、 ニスロクがいつもと変わらぬ射るような真っ直ぐな目でフルフルを 一瞥し、そうだが?と答えた。硬質な表情が無言で、 だから何だと言いたげに見つめてくるので、 フルフルはすこしだけ困った。
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