ハイスペックに抱かれて(根津相)

hrakあいざわ受け

 

 

 

「校長が?」

白い渦を作った包帯の山を前に、リカバリーガールが相澤に告げたのは意外な伝言だった。

「そう、包帯が外れたら自分のところに来るようにってね」

相澤は広くなった視界で彼女を見つめたが、なぜと問うたところでここに答えはなさそうだった。仕方なしに、はあ、と気乗りのしない返事をかえし、保健室を後にする。包帯が取れて身軽になった筈なのに、沈みかけた日差しが刺さる廊下はひどく長く感じられた。

重厚な校長室の扉を叩けば、中から返事が返ってくる。相澤が中に入ると、机に座った白い愛くるしい生き物が、やあ、と小さな片手を挙げた。根津は立ち上がると、相澤に応接ソファを勧めた。

「改めて、USJではよく生徒達を守ってくれたね」

機嫌の良い、朗らかな口調。なるほどこれが用件かと相澤は拍子抜けしながら、職務を全うしたまでです、と素っ気なく返す。自らの力不足に忸怩たる思いがあるが、自分をねぎらおうとする相手にその内心をぶつけるほど無粋ではなかった。

根津が浮かれた足取りでポットの前に向かうのを、相澤はすかさず『お茶は結構です』と制す。のどかな茶会は根津の教師論演説会にグレードアップしがちだと、これまでの経験上分かっていた。
不器用な自分を真っ当な教師に導いてくれたのは根津で、相澤は口にはしないがそのことをありがたく思っていたし、彼を尊敬していた。しかし今は彼に付き合うだけの時間がない。処理すべき仕事が残っていた。

「また無理してるね。君らしいけど」

根津はお茶の誘いを断られたことに特に気分を害することなく、むしろその口調は親しみがこもっていた。

「仕事をこなすのに必要な最低限の無理です。見ての通り体ももう問題ありません」
「見た目はね。包帯が外れたからといって全快ってわけじゃないさ。なのに君は人の手も借りず意地になって普段どおりの仕事をしてる」

黒いつぶらな目が見透かしたように光る。根津は相澤の足から慣れた動作でよじ登り、捕縛布の巻かれた肩に乗る。指先の丸っこい小さな手を遠慮なくその布の渦に突っ込み、検分するように首の付け根を直に触った。

「肩凝ってるねぇ」
「あなたが乗ってると余計ね…」
「マッサージしてあげるよ。ソファに横たわってごらん」

相澤の呟きを無視して根津は楽しげな口調で言った。

「結構です。人に体を触られるのは好みません」
「遠慮することないさ、これは体を張って生徒を守った君へのねぎらいでもあるんだから。ほら、私の肉球やわらかくて気持ちいいよ~?」

ピンク色の肉球を顔のそばでひらひらと振られ、相澤は半眼になる。こういう時の根津は言い出したら聞かないのだ。さして長い付き合いではないが相澤もそのことは十分よく分かっていた。仕方なしに応諾する。

「じゃあ上半身裸になってうつぶせになって」
「…は?」
「肉球マッサージは素肌に直接が基本だよ。君の服生地が厚くてごわごわしてるし」
「…。すぐ済みます?」
「うんうん、短時間集中コース」

相澤は仕方なく捕縛布を解き、胸元のファスナーを腹まで下ろした。割り切った躊躇のなさで両腕を抜き、裸の肩をさらす。
どちらかというと血色の悪い色白な肌だがそこに弱々しさは微塵もなく、胸筋のふくらみ、均等に割れた腹筋が作る整然とした美しさがあった。根津は感心した様子で鼻を上げ、ほうと唸る。
相澤は上半身裸になると、腰に溜まった布地をそのままにソファの上でうつぶせに横たわった。

「それじゃ始めるよ」

そう言って小さな靴を脱いだ根津が相澤の背中の上に乗る。その歩みは彼の機嫌を表すように軽い。少し爪の尖った指の長い足が皮膚を掻くのがこそばゆく、相澤は眉をひそめる。
根津は手始めに相澤の腰の上に跨ると、ぷにと肉球で触れた。逞しい背筋から流れる筋肉の繊維を確かめながら、そのまま柔らかい肉球の表面で揉み始める。気づけば相澤はだらりとソファの下に垂らしていた左手を握っていた。指圧でも撫でるでもない、中途半端なやわやわとした触れ方が奇妙で、くすぐったい。

「…っ…もう少し強くしてもらえませんか」
「肉球マッサージは力押しじゃないのさ」

当然のことのように答える根津に、相澤は押し黙る。自分が過敏に反応しているだけないのかもしれない、との懸念も拭えず、奥歯をかみ締め、この時間を耐えるために両腕を組んで口元をうずめる。くすぐったいといっそ笑い声をあげてしまえればいいが、そうまでできない刺激に妙な声が漏れそうだった。

根津は相澤の背を小さな手で揉みこみながら徐々に上に移動し、肩に触れる。

「デスクワークの疲れが溜まってるね。堅く張ってる」
「指先は何ともなかったんで…包帯を少し外せばパソコンは打てます」
「はっは!君は本当に頑固な男だね。人の手を借りたがらない」

だからこうやってたまには力を抜いてほしいと思うんだよね、と言いながら、根津は機嫌が良さそうに筋肉の張った肩を揉む。相澤はその肉球の感触に集中せずに済むので、できれば根津に話し続けてほしいと思った。先ほどお茶を断ってその腰を折った手前、勝手ではあるが。
ところが話が転がったのは思わぬ方向だった。

「おや?相澤くんシャンプー使ってるね」
「は?」
「…うん、いつもの教員用シャワールームの石鹸じゃない」

無造作に伸ばした後ろ髪に突っ込まれる鼻先。その濡れた先がうなじに触れ、においを確かめるように小刻みに動いたので相澤は思わず体を震わせた。

「ボディソープも使ってるね。この匂い、嗅いだことがあるな…ああ、」

動物の嗅覚と明晰な頭脳で瞬時に導き出したある同僚の名を、口にさせる間もなく相澤は起き上がった。反動で転げ落ちる根津の体は治ったばかりの両腕でしっかり受け止める。

「すいません、明日の授業の準備があるので。これで失礼します」

相澤は不自然なほどの無表情でそう言うと、根津の体をソファの上に下ろして立ち上がろうとする。

「両腕が動かないんじゃ一人で頭を洗ったり体を洗ったりするのは大変だもんね」

その言葉に、相澤が根津に背を向けたまま固まる。その頬には微かに朱が走っていた。こんな時にハイスペックな悟りを見せるのはやめてくれ、と言いたかったが、口にすれば根津の答えを肯定することになる。

「人に頼りたがらない君がそんな風に頼る、しかも肌に触ることまで許す相手がいるなんてね。私は嬉しいのさ」
「…妄想はやめて頂きたいもんですね。俺は何も言ってませんが」
「何、隠さなくてもいいよ。職場恋愛は禁止してない。でもちょっと妬いちゃうな」

座ったままツナギのファスナーを上げようとしていた相澤の手を押しのけ、根津は露出した腹からズボンの中に潜り込む。普段は見せない獣の素早さに相澤は目を剥く。しかもその小さな手が自らのペニスに触れたのでなおのことだった。

「彼にはもう触らせたの?」

肉球が亀頭をふにふにと触る。小さな指が敏感な尿道の窪みを悪戯に撫で回すので、相澤は息を詰める。ツナギから体半分を出した根津はその表情を黒いつぶらな瞳で見つめた。

「どのみちしばらくしてないみたいだね?」

手の中でにわかに硬さを持つ性器に、根津が指摘する。

「いいよ、私に任せて。その代わり君たちの関係については他言にしないことを約束しよう」
「……脅しですか」

根津は相澤の警戒感を霧散するように快活に笑う。

「物騒だなあ、そんなつもりはないさ。ただ絶対守らなきゃいけない大事な約束するには、私たち二人も相応の秘密を共有する必要があるんじゃない?ってこと」