真冬の休日。
猫飼ってたらこんな感じなのかなァ、とひざしはたびたび思う。ベッドに座り、壁に背をもたれて本を読む自分の隣に音もなくやってきてのそりと座る恋人。紙の上の文字から目を離しちらりとその横顔を盗み見ると、実に平然としている。この広い3LDKのマンションの一室で、特別話す用があるわけでもないのに、わざわざ寝室のひざしをめがけてやってくる。自分がどう映っているか知らないのだろう。
(かわいい…)
口に出せば苦い顔をされるのは間違いないので、ひざしは静かに笑いをかみ殺す。学校や家の外ではあれほどそっけないのに、家の中にいれば消太は呼ばずとも無言で寄り添ってくる。
彼の中ではもはや自然な行動のようで、スマートフォンでニュースをチェックする眼差しは特にひざしを意識してはいない。遅めの朝食を終え、腹もふくれたせいかその眼は眠そうだ。
反動なのかもしれない、とひざしは思う。消太なりに外で必要以上に接触することに気を遣っているようだった。教師兼ヒーローという職業。ひざしのメディア露出もあり、耳目を集めやすい。
消太を盗み見るひざしの目がふと、黒いスウェットから伸びる腕にとまる。色白のはずの彼の手が妙に赤い。気がついたときには手が伸びていた。
「冷たッ」
「…ああ、お湯が出なかったから」
「え?このクソ寒いのに水で皿洗ってたのかよ?!言えって!」
うるせぇ…、と眉をしかめる消太の苦情は意に介さず、ひざしは消太の冷たい手を握った。朝食を作った後で給湯スイッチをいったん切ってしまったのだ。消太が来ている時はいつも点けたままにしているのに、今日はつい癖で。消太も湯が出ないことには気付いたろうが、まあたいしたことではないと特にマイクを呼ぶこともなく給湯のスイッチを探すこともしなかったのだ。
たしかに、生徒のために巨敵に飛び込み瀕死になる男にとっては、真冬の水に手を冷やす程度のことはほんの些末なこと。忙しくて溜めてしまった洗い物の山もヴィランと比べれば倒すのはなんとたやすいことか。
「別に大したことじゃねぇだろ。なに言ってんだお前は…」
それはひざしにもわかる。
「そうだけどさあ!今日は寒い割にお日柄も良いし?久々にお互いの非番が被ったスペシャルなホリデイじゃん。そこはいつもの無言でガマンじゃなくてさぁ~…」
言いながらひざしは消太に顔を寄せ、ちゅ、と音をたてて唇にふれる。
「なんだ」
「わかってよ。オフのお前を労ってトロトロに甘やかしたい俺の気持ち」
「分かるか。オンもオフもやることは変わらないだろ」
想像の範疇を出ない反応に、ま、そういうと思ったわ…、とひざしは項垂れてみせる。しかし表情は明るい。
(んなこと言っといて離れないし、手も握らせとくんだからよ…)
どうせなら普段の無骨な逞しさは横に置いて、たまの休日くらい好きに甘やかすことをさせてほしい。口にすれば一蹴されるので言いはしないが。ひざしがそんな気持ちで消太の手をぎゅうと握っていると、手のひらに触れる肌がじんわりと温もってくる。
「…もういい」
膝の上に放られたままの文庫本をちらと見て、消太の手がマイクの両手から抜け出る。本が読めねぇだろお前、と付け足して。
あくまで自然体で休日を過ごしているひざしの横にいたいのだろう。過度に構われるのを鬱陶しがるところもネコらしい。ひざしは苦笑すると、逃げおおせた消太の手の片方をもう一度掴まえる。そっと握って手のひらを合わせ、膝に置いていた文庫本を再び開いた。
ベッドのシーツの上で折り重なる自分の手とひざしの手を見つめて消太はもの言いたげにしたが、結局口を閉じ、空いた手でスマホをいじりだした。今日は平和なのだ。ページを更新しても、ニュースサイトのトピックスは先ほどと何ら変わりようがない。
沈黙の中で、ひざしが指先でめくるページが時折乾いた音が立てた。片手では少し読みづらいがそれも悪くない。
消太はもう携帯を触ることに飽きたのか、機体をシーツの上に投げ出していた。退屈しているであろうことがひざしには気にかかり、口を開く。
「午後どっか行く?」
「…。どこかって」
ひざしは天井に目を向ける。消太が暇なら外に連れ出してやりたいと思ったから言っただけで、これといって目当てがあるわけではない。
「ンー…ぶらぶら買い物でもしてちょっと豪華なディナーとか」
「俺は別に買いたいもんはない。…お前が行きたいならついてくが」
消太は少し面倒そうに目をこすりながら言う。
「オレもべつに買いたいもんはないけどさ」
「飯もお前の作った飯でいいし…まあ作るのめんどくせぇんなら外でもいい」
「今日は唐揚げ仕込んであるからもー揚げるだけなんだよな」
きらり。ひざしの言葉に消太の眠たげな瞳が開き、にわかに光る。
唐揚げは消太が好む三本指に入るメニューだ。わかりやすい反応に思わず口元がゆるむ。たくさん揚げて平らな大皿に山を作ってやろう、そう思えば、油の泡をじゅうとはじけさせる香ばしい唐揚げを頬を膨らませもくもくと平らげていく消太の姿が目に浮かんだ。ご飯も足りなくならねぇようにたくさん炊いてやらねぇと、と心のメモに留めておく。消太の愛するつやつやした炊きたての白米を。
「晩飯はうちで食うが、お前が出かけたいんならそれまで出かけるのは別に良い。…付き合う」
決定権をゆだね、消太はひざしの肩に頭を乗せて目を閉じた。モサモサと無造作な髪に印象を邪魔されがちだが、間近で見れば本当は顔の造りがいいのが良く分かる。髪と同じでまばらな方向に跳ねたまつげはよくみれば長くてきれいだ。涼しげに整った鼻筋のライン。薄く開いた唇の小ささも、ひざしには可愛く思える。
「猫カフェもいいのか?今日は」
ひざしが問いかけると、こんど、と唇をかすかに動かすだけの、眠たげな声が返ってきた。
それからすーすーと安らかな寝息が聞こえるまでほんの五秒。3時間ほど前に起きたばかりなのに、もう眠りの世界に落ちてしまった。日頃の疲れもあるのだろう、窓から差し込むあたたかな日差しも睡魔を誘う。ひざしの瞼も伝染したように重くなる。
(まあオレもお前といられりゃ何でもいいんだけどさ…)
確認するまでもない、思うところは同じだ。
ひざしはあくびをすると本を置き、消太の体に腕を回す。くっつく互いの頬の温度、乱れない寝息。後ろから体重をかけて、そのまま消太ごとシーツの上に倒れこんだ。
頬にはずむスプリングの衝撃を受けてもこのネコは起きない。警戒心が強いように見えて、安心できる場所なら何があっても目を覚まさないのだ。
カテゴリー別人気記事