たいへん軽率なバンドパロ(マイ相)

hrakマイ相

 

※体育祭実況時みたいなうるささのあるマ

 

 

 

シャンプーとコンディショナー、ドライヤー、ワックス2種類、ハンドクリーム、爪やすり、爪磨き、櫛、その他色々…とコンドーム一箱。消太は所狭しと詰め込んだスーツケースの中を検分し終えると、うっとおしげに前髪をかき上げる。

アイテムが多い上に使い慣れたものがなければ騒ぎ出す男のせいで、旅の準備は毎回ひどく面倒だった。LLサイズのスーツケースの中身は9割その男、”作詞作曲、MC、ラップも華麗にこなすマルチなギタリスト、プレゼント・マイク”(本人談)こと山田ひざしの私物で、消太のものはほぼ端っこに詰められた下着のみ。
衣装はスタイリストから借りるはずなのに、なぜこんなに荷物が多いのかとため息が出た。

時計はすでに午後9時を指し、翌朝になれば出発だ。全国8箇所を回るライブツアーでしばらくこの家には帰って来れない。

(よくここまで来れたもんだな、しかし…)

消太は目の前の現実にまだ半信半疑でいた。首位をさらうほどではないが、新曲を出せば巷のチャートの10位以内に入り新進気鋭のアーティストと紹介される。耳障りのよいポップスもなくはないが、シャウトもラップも入るエッジの効いた曲が多い割に女性ファンも多かった。

そのボーカルを、人前に出るのを好まず、高校まで全く音楽に関心のなかった自分がやっているのも消太にとっては不思議だった。歌い終われば必要最低限のことしか喋らず三白眼で無愛想に客を見返す、そんな消太からマイクを受け取り、ひざしがMCで沸かせる。
ライブの日常風景になってしまったその一連の流れでさえ、ファンの間ではなぜかほほえましいものとして受け止められているようで、消太は自分を取り巻く環境の温かさに面食らっていた。高3の卒業間近、唐突に「俺とバンドやらない?」と言い出したひざしに連れてこられた世界は、予想の範疇を超えることばかりだった。

リビングから鼻歌が聞こえる。
ひざしが膝にギターを置き、さきほどからそれを爪弾いては机の上のノートにペンを走らせている。出発の前日になっても本番で演奏するはずの1曲が完成していないのだ。
『あとは詞を書くだけだからピースオブケイク』と気楽だったのに、聴いている限りこだわりの強い性分のせいで歌詞だけでなく音までいじっているらしい。

(あんまりいじるとまたミッドナイトさんに怒られるぞ…)

脱線して作詞が終わらなくなることより、消太からすればむしろその方が心配だった。ライブが差し迫っているので楽器を担当するメンバーには先にできあがった曲のデモを送っていた。当然それぞれ練習を積んでいるだろう。
飲食店経営者との熱愛が報じられたものの破局し、最近ひどく機嫌の悪いミッドナイトの顔が思い浮かび、消太は固い表情を一層こわばらせた。

開いたままのスーツケースに視線を戻し、消太はふとトリートメントを入れていなかったことに気づく。もちろん自分ではなくひざしの愛用品だ。ムスクとバニラの合わさったふわりと尾を引くような甘い香りのそれは彼が長年気に入って使っているもので、消太の嗅覚もひざしの匂いとして覚えている。

(確か昨日使い切って殻をゴミ箱に捨ててたな)

消太は洗面台の下の戸を開け、中のストックを探し始めた。途端、物の多さに辟易する。一人であれば洗面台下の物入れなど空気しか入っていないだろうに。消太は渋面で中を物色し始めた、矢先。

「っしゃーーーーーーーーーーできたァ!!!!YEAH~!!!」

防音仕様の高級マンションとは言え、確実に隣人を驚かせる声量でひざしが叫ぶ。しかもジャカジャカジャーン!!!とギターをかき鳴らし自分で効果音まで付けるのだから高校時代と変わらず、進歩のなさに消太は半眼になる。しいて言えば中古の名もない安ギターが、褐色に光るギブソンのアコースティックギターになっただけだ。

「…バカだ」

消太の素直な呟きをよそに、リビングから上がる声は明るい。

「消太、できたぜ!早くぅーー」

何が早く、だ。こっちはお前の代わりに準備してやってるんだぞ。消太もそうは思いはしたが、わざわざ声を張り上げてそんなことを返すのが面倒くさく、自分が向こうにいかない限り騒音がさらに大きくなるのは間違いなかったので仕方なくリビングへ足を向ける。

マイクが勝手なのはいつものことだ。
高校時代、何が気に入ったのか席が近いだけで愛想はないクラスメイトの消太にしきりに話しかけ、『これサイコーだろ!?』と自分の好きな音楽を聴かせ、ライブに連れ回した。
勝手な野郎だ、と思いながら大きな瞳を輝かせてライブのステージを見つめる横顔がきらいではなかったし、その時間を共有できるのが正直、楽しかった。
『誕生日プレゼント。消太に歌、作った』『おれ消太の声、すげぇ好きなんだ…歌ってくんね?』。
何言ってんだこのバカは、と思ったのに、耳まで真っ赤な顔を見て頬が緩んでしまったので、今に至る。
高3のこの話は、持ち出せば今でもひざしが赤面して床を転げまわるので、消太が暇つぶしに意地悪をする時の奥の手になっている。

リビングのドアをくぐると待ちわびたとばかりに椅子に座ったひざしが両腕を広げてくる。こんなこっぱずかしいことに自分が応えると思ってるのだろうか、この男は。呆れる反面、口元がむずがゆくなるのをこらえて無表情を保つと、消太は机の上に広げられたノートをのぞき込む。案の定めげないひざしに後ろから抱きくるめられ、その足の間に座らせられた。

「んー消太のにおい」

ひざしは消太の首の付け根の曲線に顔をうずめながら、ひどく幸せそうにそう呟いた。曲を完成させるために昨日から徹夜だったのだ、その開放感もあるのだろう。深夜にひとり机に向かい時折ギターをつま弾きながら真剣な面持ちで歌詞を考える背中を思えば、ねぎらいの気持ちは当然消太にもあった。自分の腹に回された手に軽く片手を重ね、机の上のノートに目を走らせる。

「…おい、英語が多いぞ」
「へへ、いい感じだろ?最近で一番セクシーな歌詞が書けた」
「いいも何も読めないから分からん。日本語にしろよ」
「したら発禁モンだぜ?社長の許可下りないと思うケド」

ネズミのようなクマのような、自らの所属事務所の社長の顔を思い浮かべる。自由にやってくれていいよ、と常に大らかな彼だが、それを享受し自由を最も謳歌しているマイクが警告するレベルの歌詞ならば確かに危険かもしれない。

「普通の歌詞にすりゃいいだろ…」
「切ないラブソングもシャウト系も出来上がってるからニューアルバム&ライブのラインナップとしてはもう十分なの。この曲は遊びみたいなモンだからさ。ただ俺の欲望を詰め込みました、そういう曲」
「世間に晒すものにお前の浅ましい欲望を詰め込むんじゃない…それで、よく分からんが結局どういう歌詞なんだ?これは」
「…俺が消太を抱いてひたすらエッチなことする歌詞、ダア゛ッ!」

最後の濁音は、消太の肘がひざしのわき腹に入ったことによる悲鳴だ。

「バカ野郎が。歌う俺の身になれ」
「ぐうマジで入った…愛情表現が重てぇぜダーリン…。俺の言い分も聞いてヨ。最近死ぬほど忙しかったから創作意欲カスカスでさ、欲望に正直にならないとペンが走らなくて」
「インストにするか?これ」
「NOOOOOOOOOO!せっかく俺が寝ずに考えた歌詞をナシにしないで!!隠喩と英語すげぇ入れてるから大丈夫だよ、下品じゃないから!それに何も知らないファンが聴いたらただ女を抱く歌」

だから歌ってくれ消太~、とうなじに顔を擦り付けて抱きしめた腕の力を強めてくるひざしに、消太は口を一文字に結び歌詞の書かれたノートに目をやる。
ページの上には英語と日本語の混ざった走り書きが無数に散らばっている。取り消すような二重線、苛立たしげに塗りつぶすぐしゃぐしゃとした波線、ひらめきを示す伸びやかな矢印。言葉を飾るそれらは、辛抱強く何度も繰り返された試行錯誤の跡だった。

「…ミッドナイトさんへの対応はお前が責任を持ってやれよ」

ため息をついて消太が言うと、ひざしが嬉しそうに返事をしてうなじにキスを落とす。
イチャつくのはよそでやってよね!と不機嫌をさらに悪化させて怒ってくるミッドナイトの顔が浮かぶが、自分は知らぬ存ぜぬを通そうと消太は思った。犠牲はひざしだけでいい。

「この曲、ネムリちゃんにはキーボードがうなるかっけぇソロを入れてるから大丈夫。ライブでもライト絞っていい演出するからきっと機嫌直してくれるよ」

へへと笑うひざしは顔に似合わずしたたかで、消太は舌を巻く。意外にも女性をなだめるのがうまいのだ、この男は。

『まあそのソロは消太の絶頂を表してんだけどね』という言葉が続いたが、消太は心でそっと耳をふさいだ。歌詞の意味は知らないままの方がおそらく自分のためだろう、と合理的に判断し、ただその字面を暗記し歌うことに意識を集中させることにした。

「ひざし、英語の発音教えろ。時間がない」
「お、そうだったな。んじゃー頭からな…」

ひざしがそう言って歌詞の英語を流暢に読み上げる。

高校時代は赤点を辛くも回避した程度、純日本人を自認する消太が苦手とする一方、ひざしの好みでバンドの曲は英語が多かった。ファンの間では、”言葉数が少なく私生活を明かさないミステリアスな存在”である消太について、その綺麗なイギリス英語の発音に帰国子女ではないかとの説が実しやかに囁かれている。一途な憧れとともに。
しかし実際に帰国子女なのはひざしで、消太はこの男から発音のレッスンを受けているに過ぎなかった。

「…。ソファでやろう。お前の口元が見えねー」

自分の後ろから英語を発声するひざしにそう言い、消太は立ち上がる。ひざしも納得してそれに続いた。顔を見合わせて発音を教えてもらったほうが唇の形、舌の動きが見えるので消太にとってコツを掴みやすかった。
本音を言えば、お互いが多忙な中で久々の接触、その上ひざしが英語を喋るときのワントーン低い声に至近距離で耳をなぶられるのが我慢ならなかっただけなのだが。

「…lose control、はい消太」

ソファに座りなおし、お互いの顔を見合って発音の練習を続ける。

「るーずこんとろーる…」
「んー、惜しい」

ひざしが優しげにそう言って苦笑する。惜しい、というのは彼なりのオブラートだろう。うまく回らない舌を自覚しているだけに、消太は恥ずかしくなる。

「消太の苦手な音だもんな。まぁ日本人みんな苦手だよ、しょうがねぇ。RからLの切り替えは音が途切れてもダメだし、日本語みたいに平たく間延びしてもかっこつかねーから、ここは意識してなめらかにな」

「難しい」
「消太舌短いからな~」
「俺は普通だろ、お前が長いだけ」
「褒めてる?サンキュー。ちょっといいか?舌の動き教えるから、口開けて。………こう」

開いた口に人差し指が入り、曲げた指の側面が上あごを滑って模範的な舌の動きを示す。消太はそれをまねて舌をそろりと動かしてみたが、ひざしはそれに対して良いとも悪いとも言わない。
奇妙に思って伏せていた目を上げれば、自分を凝視していた緑色の瞳がにぶく光り、細められる。消太が何か言うより早く、指が引き抜かれ、長い舌が入り込んだ。

「…っ、ン…、む……!」

ひざしの舌が、上あごの奥から前歯の裏までをぬるりとなでる。指よりも直情的な刺激だ。あつく生々しい感触に消太が目を瞑ると、舌がからめとられ口付けが深まる。顎に添えられた指が、髭をさり…と愛おしげに撫ぜた。
鼓動が早まり、鼻から漏れる息が熱い。裸で抱き合うことの擬似行為のようなキスは久しぶりで、耐性の弱った心臓には毒だった。ふうふうと鼻から息を漏らしながら消太がひざしの胸を押し返すと、濡れた音を立てて金髪の美貌が離れた。

「…ワリー、つい。ね?可愛く舌動かすお前見てたら」

ひざしがぎこちなく笑い、頭を掻く。自分の教えに従って消太が素直に舌を動かす姿、その舌がたどたどしく指に触れた感触にスイッチが入ってしまったらしい。しかし消太には当然そんなことは関係なく、まだ落ち着かない鼓動を意識の外に追いやって三白眼を険しくする。

「こっちは真面目なんだ、ちゃんとやらねーと後のお楽しみがなくなるぞ”先生”」
「ンーそりゃ困る…集中は大事…っつーことでベッドでプライベートレッスンしようか消太クン。歌詞をなぞって実体験、覚えられるしイチャイチャできるし一石二鳥、まさに合理的だ」
「この淫蕩教師」

集中できるわけがないだろうと消太は歌詞の書かれたノートでブロンドをすぱんと叩く。

「お前がギリギリに仕上げるせいで俺は覚える時間が1日しかないんだ」
「消太のスーパー集中力ならいけるだろ?いつも間に合うじゃん、明日の朝でもたぶん問題ねーよ。もし本番で歌詞飛んだら俺が口パクで教えるし」
「ひと事だと思って軽々しく言うな。イッコク堂じゃないんだぞ…」
「そりゃちょっと古かねぇか?例えとしても微妙だ」
「うるさい」

ギターに並びトークがお前の主戦場なのは分かるが、俺まで同じ土俵に上げるな。消太がギロリとにらむと(おそらく瞬間的になのだろうが)マイクは大人しくなった。記憶の定着に一晩必要なのだ。歌詞を飛ばすというプロとしてはあるまじき失態を避けるためには、たとえ明日できることであっても前倒してリスクを極力減らしておきたかった。
頑なな消太の態度にひざしが唇を尖らせる。

「…だってよ、俺徹夜でがんばってたんだぜ~?ここんとこ忙しくて消太に触ってないし、色んなモンが溜まりに溜まりまくってんの」
「そりゃ自業自得だ。曲作んなきゃならねぇ、プロモーションも取材もあんのに勝手にラジオの特番までやってんだから」
「プロデューサーが『やる?』って言うからYEAH~!って言っちまったんだよ。けど新曲流しまくってライブの情報盛り盛りで評判良かったんだぜ~?聴取率記録も更新したし」
「ご苦労さん。だがスケジュール管理ができていないという事実は変わらん」

シヴィ…とひざしがうなだれる。頼られたり期待されればノーと言わない男なので、ひざしは仕事を受けすぎることが度々あった。持ち前の馬力で最後には着地してみせるのは毎度見事だったが、消太からすればそんな無理をすること自体が合理に反している。

(…女じゃあるまいしこいつがいなくて寂しいなんて気持ちはないが、)

しかし考えなしに飛び回るのもいい加減にしろ、との思いもあった。

消太はひざしの胸倉を捕まえると、黙れの意を込めてやかましい唇に自分の唇をぶつけた。口を開いてその表面に軽く歯を立て、余韻を残す間もなく離れる。ヤりたいなら大人しく待っとけ、と低い声で言い放てば、ひざしが大きな目をさらに丸く見開き、ソファの背もたれに顔を突っ伏した。俺のハニーがクールでセクシーでラブリーすぎる…、と呻きながら。

消太は涼しげだった表情を崩し、口元で笑う。やり方はどうあれ、自ら忙しさをしょいこんで褒美をねだる勝手な恋人をやりこめてやれたのは愉快だった。自分も溜まった欲求はあるが、今日はひざしのペースに乗せられたくなかった。

消太が再び歌詞に目を走らせ始めると、ひざしが突っ伏していた顔を上げ、弾こうか?と尋ねた。曲と一緒に歌ってみた方が覚えやすいだろうという気づかいだった。

「いや、いい。音は頭に入ってる」

その言葉に、ギターを取りにいこうと立ち上がりかけたひざしが座りなおす。消太はソファの上を指先で軽く叩きながらリズムをとり、頭の中に流れるメロディとともに唇を動かし、歌詞を乗せて行く。

ひざしは背もたれに寄りかかり、その姿を愛おしそうに見ていた。自分が浅ましい欲も一途な愛情も詰め込んで練り上げた歌詞を消太が初めて歌う、その光景を。

「…ひざし。眠いならベッド行けよ」

歌詞を4分の3ほど覚え終え、消太が静かなひざしを見ればひどくゆっくりと瞬くまぶたはほとんど閉じかけていた。時折尋ねられる英語の発音に答えていたはずなのに、いつの間にか限界が来ていたらしい。

「…消太と一緒じゃなきゃベッド入んねーよ、今日は…」
「ベッドいったら即セックスになるだろ」
「んーなるねぇ…」

ソファの背もたれに片肘を乗せ、その上に頭を乗せたひざしの声はまどろみに落ちていた。まるで寝室に行くのをぐずったまま床で寝てしまう子供だ。
鼻で笑い、からかってやろうと目を合わせた消太ははたと押し黙る。
色素の薄いまつ毛が生え揃ったまぶたは重たげだが、緑色の虹彩の奥はちらちらと欲深く照り、けものが息づいていた。
消太は視線を下に反らした。想像の中で何度も獲物の生肉をねぶっているような、そんな目でじっと見られていたのだと思うと、急に気恥ずかしく、いたたまれない気持ちになる。ひざしは消太の心情をよそに、ふあ、と大きなあくびをする。尖った犬歯が視界の端に映った。

「…先に寝ろよ。どうせライブ終わったら毎回ヤんだろうが」
「するけどそれは野犬の交尾みたいなモンじゃん…今日は抱き合ってSo sweetな人間様のセックスしたいの」

その割には目つきが獣じみてるぞ、と思いはしたが消太は口にはしないでおく。

「ンな眠そうな顔してよく言う…途中で寝るだろお前」
「クソ眠いし疲れてるけどスゲェ元気よ…俺の息子ちゃん消太のナカ入んないと寝れないって」

触る?と言ってひどく眠たげな表情のひざしが、口元にゆるく笑みを浮かべて消太の手を取り自身に導く。膝丈のパンツのテンセル地は薄く柔らかで、触れた性器の張り詰めた幹、芯を持つ堅さを生々しく伝えてきた。まだ勃ち上がっていないだけでじとじととくすぶって燃える熱に、消太は思わず唾を飲んだ。動揺、と少しの飛び火。いつも割り開かれる腹の奥がぐずりと疼く。

「…萎れてねぇならいい。安心した」

意地で表情を殺し、消太は何でもない様子で返す。ひざしの性器と手の間から自分の手を引き抜く。ごまかすようにそのまま歌詞がつづられたノートを上げ暗記の態をとったが、指にはまだ熱がまとわりついているような気がした。静かに、深く長く息を吐く。さもなければ身体にともった微熱が広がり、余計な感情と一緒くたになってひざしを求めてしまいそうだった。

消太の自制、というよりもはや意地でしかない抵抗をよそに、ひざしが字面に集中しようと力のこもるまぶたに口付ける。なだめるような優しさだ。ちゅ、と音を立て、頬骨にも唇で触れてくる。その髪からはあのトリートメントの匂いがふわと甘く香る。だからというわけではないが、消太、と耳元で呼ぶひざしの声までが甘ったるく鼓膜にひびいた。ひざしは消太の声を好きだと言うが、逆も然りなのだ。

「しばらく寂しくさせてごめんな。ベッドいこ?」
「女でもあるまいし…さびしいなんて感傷はないよ」
「俺はあるのに?」

消太の沈黙に、ちゅ、とまぶたにキスが落ちる。薄い皮膚に伝わる温かい唇の感触。そのくすぐったさに目を細めれば、心のタガが外れかかる。もう歌詞の大半は覚えたのだ、残りは明日空港に向かうタクシーの中でいいだろう、と思ってしまいそうだった。

「…大人しく待ってろって言った」
「ジューブン大人しいだろ。この場で消太を襲ってない」
「どういう解釈だ、帰国子女だからじゃ済まねぇぞ…。小学校から国語やり直してこい」

笑ってうやうやしくyes,sir、と答えると、ひざしの唇は首筋の曲線に移動する。薄い皮膚にひたりと触れる生温かな温度に、消太を支えていた背筋がかたむく。ずる、と背中がソファの革の上を滑れば、ひざしの手が消太からそっとノートを奪い、閉じる。消太も視線で追いかけはしたが、静かにソファの上に置かれたそれに手を伸ばす気はもう起きなかった。
たとえそんな気が起きても無駄なのだ。手はもう、ひざしに握り込まれてしまった。高速のメロディもやわらかなラブソングも弾きこなす器用な指が、消太の手のひらを愛おしげになでる。爪を丸く綺麗に整えている割に、ギターの弦を押さえる指の皮は厚く、そのさらりとした硬さが、ベッドで肌を這い回る感触を呼び起こした。

人間様のセックス、かどうかは怪しいが、バニラとムスクの臭いが染みついたなじみのベッドで抱き合えるのも、耳にまとわりつく爆音の残響もなく澄んだ相手の心音を聞けるのも、確かに今日でしばらくお預けだった。

消太は熱のこもったため息を漏らすと、鼻先でブロンドを掻き分け、外ではヘッドホンで隠れている耳を甘噛みする。嵌まった2つのピアスが舌先で戯れた。
一滴残らず搾りとってやるから明日ヘバるなよ?と、ひざしが愛してやまない声で吹き込めば、金糸がふるりと震え、上擦った忍び笑いが聞こえた。