◆P線上の激闘
「予想通りだな」
声援がこだまする客席。声をかけられ、橋本は小さな目を隣の級友に向ける。
「満場一致でな~。…悔しいけど」
あの2人に一矢報いれずに、と暗に言って橋本が目を向けた先 スタジアムの中央では逆立った金髪が日差しを浴び、無造作に伸びた黒髪が風になびいた。今期1年のトップ2。級友、職員誰が見ても想像のついた最終決戦のカードだった。
「ただここからは本当にわからないな」
「俺相澤に千円。ここまで全試合最速で終わらせてる。あの身のこなしはスゲーよ」
橋本は友の言葉に確かにな、と頷く。
「けどひざしはクレバーな奴だ。あいつは全部手の内を見せてるような顔して最後のカードは誰にも見せずに残しとくタイプだと思うね。たぶん俺たちだって能力の全部を知らない。…ってことで俺はひざしに千円」
賭けの行方がスタジアムに落ちる。円形の闘技場の上では爛と燃える碧の瞳と、いつもと変わらない平静をまとった黒い瞳がぶつかっていた。
「待ってたぜ!よーやく正面ガチンコで白黒つける時が来たな」
「ああ。お望み通り黒星つけてやるからとっととかかってこい」
強い日差しの下、相澤の相変わらずのクールな口調。晒されたひざしの額に青筋が立った。
◇
「相澤くんと山田くん、二人は一年で1、2を争うライバルなんだって」
生徒の情報ファイルをかざしながら、オールマイトは隣で不機嫌そうに腕を組んでいる男にほほえむ。
「まるで私たちみたいだね!」
その朗らかな笑顔に隣の男が顎先の髭を苛立たしげに燃やした。
「抜かせ、ライバルなどという生やさしいものではない。俺とお前はヒーローという同枠にいるだけで純然たる敵だ。調子に乗るな」
ギロリと睨みつけるエンデヴァーにオールマイトは少したじろいだが、さすが若手トップを爆走する男はペースを乱さずHAHAと一笑に付した。
「相変わらずだね!君と母校で伝統の体育祭を観戦できる機会をもらえて私はうれしいけど」
と言って実況マイクに向かう。闘技場の上ではひざしのヴォイスを相澤が抹消し、2人は近接戦に突入していた。
『これは持久戦になりそうだね、エンデヴァー!』
未来ある若手を見れるのが言葉通りうれしいのだろう、嬉々として実況を再開したオールマイトにエンデヴァーは舌打ちを返す。決勝戦だけでいいので実況役を務めてほしい、と雄英から強いオファーがあり仕方なく引き受けたが、宿敵であるオールマイトも一緒であることは聞かされていなかった。
(あの教頭め…)
先日の異形型ヴィラン襲撃の親玉が雄英の卒業生だったため、今若手で一番勢いのある卒業生の2人を呼んで世間の不安を払拭しようという狙いがあるらしい。教頭の座に座る賢しいねずみの高笑いが聞こえたような気がした。
『おっと相澤くんの個性が切れた。皆さん、入場時に配られた耳栓はちゃんと装着済みですか!?この実況が聞こえなくなってしまうのがなんとも残念なんだけどちゃんと付けてね~!』
相澤の抹消が限界を迎え、ひざしのヴォイスが会場に響いた。放送室の強化ガラスを震わせる威力。まばたきと同時にひざしから距離を取った相澤は飛び退き、すぐに耳をふさいだが、手を通り抜けてダメージはあったらしくよろめいた。そこにひざしの跳び蹴りが入り、体が吹っ飛ぶ。しかし追い打ちで放たれたヴォイスは単なる絶叫に変えた。
「…地味な戦いだ」
ふんとエンデヴァーが鼻を鳴らす。
「炎や氷、相手を圧倒的な攻撃でねじふせる力が双方にない。決勝戦にしてはつまらん試合だな」
エンデヴァーの言葉に、その性格を熟知しているオールマイトは静かに受け止め、朗らかな口調で返した。
「個性の攻撃力もヴィランの制圧には確かに重要だね。だけど人を傷つけずに相手の隙を作って捕まえることのできる個性はすごくヒーロー向きだと私は思うよ…ま、もちろんヒーローには色んな形があるけどさ!」
目つきの険しくなったエンデヴァーの様子をみてフォローを付け加えてからオールマイトは続ける。
「それにさ、個性もさることながら相澤くんの突き、蹴り、跳躍力どれをとっても見事だ。彼は体術の持ち手が豊富だね…色んな格闘技をやっているのかな?その中から最善を瞬時に選んでいるようだ。それでいて迷いのない動きが実に美しいよ。余計なことは一切考えない判断の速さがあるね」
そう語ったオールマイトの眼下で、相澤の跳び蹴りがヴォイスを一時封じられたひざしの胸に入る。ひざしは衝撃に歯を食いしばり、その足首を捕らえて相澤を引き倒した。
「それに山田くん!彼の個性は広範囲にインパクト大で使い方によっては集団戦でとても有用!さらにタフだね。攻撃を食らいながら確実にやり返している。機転も効いてカウンターに強い」
懇切丁寧な解説に諭され、エンデヴァーは口をへの字に曲げる。さすが全国トップレベルのヒーロー養成機関、1年で頭角を現す二人だ。地味だ、とは言いつつもエンデヴァーもその動きに目を遣れば彼らの才能の瞬きに魅入ってしまうのは事実だった。
「それにさ、何よりやっぱり拳と拳のぶつかりあいっていいじゃない!青春って感じで!!」
きらきらと青い瞳を輝かせて拳を握るオールマイトに、エンデヴァーの顎の炎が萎えた。
◇
苛む喉にひざしがむせる。これほどヴォイスを連続で放ったのは初めてだった。発動時、通常の発声の数倍もの力を込める喉、首筋は疲労を訴えていた。相澤の打撃を喰らった顔はゆがみ、鼻から垂れた血がゼェゼェと息を漏らす口に入った。
「鼓膜は一回破れば終わりだ」
涙ぐみ真っ赤な目をした相澤が不敵に笑う。耳からは血が垂れ、つるりとした顎まで伝っていた。音の衝撃を喰らった顔や腕は所々皮膚が破れ、細い傷が五月雨のように走っていた。
「俺の個性、鼓膜破るだけじゃねーぜ?」
掠れたひざしの言葉になんの強がりかと相澤は鼻を鳴らす。その瞬間、ぐらりと視界が揺れた。頭を掴まれ振り回されたような強烈な目眩。腹の奥からこみ上げる冷たい怖気。
「っう…ぐっ、ぇ………」
闘技場の地面をたたく吐瀉物。相澤は現状認識するまもなくその上に手をつき、ひどい目眩と止まらない嘔吐感に喘いだ。酸気のする唾が口の端からぼたぼた垂れる。
「ようやく効いたな…鼓膜破るほどの超絶音だぜ?浴び続ければ内耳もイカれる」
地面に蒔かれた自分の吐瀉物の上で犬のように這いつくばって息をする相澤に近づくと、ひざしはしゃがみこんで目線を合わせた。
「もう戦えないはずだぜ。スマートに降参しな」
額に脂汗を浮かせた相澤は、耳から血を流しながら呟いた。
「あ?何ゴチャゴチャ言ってやがる。聞こえねーよ、そんな蚊のなくような声じゃ」
大きく目を見開いたひざしの視界を陰が覆った。頭突きだ。顔面にぶつかった衝撃と共に地面に後ろ頭を打ち付け、じんと熱を持った鼻からは再び血が溢れた。腹の上には手負いの獣、であるはずの相澤が乗り上げ、髪を逆立て自分を見下ろしていた。
「戦闘不能にされたいか?それともスマートに降参するか?」
ニヤリと不敵な笑みと共に眼前に固く握られた拳。両腕は跨がった相澤の両足に押さえつけられ自由がきかない。ひざしは冷めた目を返した。
「抹消が切れたら脳ミソぶっとぶレベルの絶叫をお見舞いするぜ。その間に俺を戦闘不能にできるかね?やってみな」
相澤はぎらぎら光る瞳を愉しげに細めた。
「ああ?聞こえねーな」
んだよどっちにせよボコる気満々じゃねーか、とひざしが心の中で突っ込んだところで、その顔面に鉄拳が埋まった。握った拳の尖った骨とひざしの鼻の骨が薄い皮膚を隔ててぶつかり、振動が響く。折れたかな、とひざしは思った。血を流し続ける鼻の感覚はもうなかった。それよりも、相澤が射るように自分だけを見つめていることにぞくりとした。
◇
「これが『青春』か?」
血の飛び散る闘技場。エンデヴァーの皮肉に、実況をしていたオールマイトは困ったように眉を下げて頭を抱える。
「ひどいデスマッチだねこれは…ドクターストップが必要かもしれない」
眼下ではリカバリーガールが試合の中断を指示する白十字の旗を上げ、それを見た主審の教員が立ち上がった。マイクを通じ制止を叫びかけた声を、ひざしの地声が凌駕した。
「ドントディスターブッ!!」
邪魔をするな、と仰向けのまま空に向かって振り絞られた掠れ声に、場内がしんと静まりかえった。開いたままの目を血走らせた相澤が微かに笑った。他人の横やりで勝負を中断させたくない、という思いは一緒だった。
ひざしは覚悟を決めたように血の臭いのする鼻孔から深く息を吸い込むと、自らの舌に思い切り歯を立てた。じゅわりと広がる鉄の味。舌の肉に埋まった歯を引き抜けば、生温かな濃い体液が口の中に溢れた。肺から頬に空気を送り、拳を鋭く振り上げた相澤の顔目がけて思い切り噴射する。
「ッ!?」
乾いた目に血が飛び入り、相澤が目をつむる。瞬間的にひざしは相澤を振り落として起き上がると、その顎を掴んで横顔を引き寄せた。間近で耳を撫でた呼気に、相澤が動きを止める。触れてはいないが、互いの熱を感じられるほどの至近距離にひざしの唇があった。
「この近さなら聞こえるか相澤クン?降参しろ。さもねーとゼロ距離からのヴォイスで脳みそ弾け飛ぶぞ」
掠れた、低く脅しの入った声が相澤の耳に注がれる。身近で喋られたむず痒さか、攻撃を受けることへの怯えなのか、その体がぶるりと震えた。返答のない長い沈黙にひざしがもう一度口を開きかけたところで、相澤が首にかけていた唯一の武具である捕縛布を外し、悔しげに握りしめる。その拳は戦意を表すように力なく落ちた。
「…降参」
ぼそりと動く唇。静まり返ったスタジアムで、誰もが相澤の発するその言葉に耳を研ぎ澄ませていた。
「するわけねぇだろ」
ハ?!とひざしが耳を疑った瞬間、足がぐんと何かに引っ張られる。下を見れば、いつの間にか両足首に捕縛布が絡んでいた。ひざしは逃れようととっさに片足を上げかけたが、見計らったように布が引かれ拘束が一層強まり、両足首が固定された。ガッチリと。
「ウ、」
ソだろ、と続けるまでもなく、ひざしの体が重力に逆らって宙に浮く。視線の先には、相澤の鬼の形相。その周りを、頭が重しとなって遠心力でぶんと半周させられていた。頬にぶち当たる風の中で絶叫した瞬間、足の拘束がはらりとほどけた。ひざしの体は勢いづいたまま飛距離を伸ばし、そのまま場外に向かって落下する。地球の重力は無情だった。ひざしは悔しさに歯噛みした口を全開にし、とうに限界を迎えていた喉にありったけの力を込めて声を振り絞った。
『この、パンツ野郎ォォーーーーーーー!!!』
直撃したヴォイスの衝撃に、ひざしを投げた体制のまま脱力していた相澤が吹っ飛んだ。後ろに倒れのけぞる白い喉を見届けながら、ひざしは場外の地面に疲弊しきった体で受け身をとって落下した。嵩のあるスピーカーは衝撃の大半を受け止め、甲高い音と共に砕けた。
『や、山田くん場外…相澤くん戦闘不能…この勝負引き分、ーーーーあ…!立ち上がった!勝者、相澤くん!』
興奮から少しヒステリックに響いた主審の教員の声。
(ゾンビかよ…)
痛む喉の奥からこみ上げてくる妙な笑いをかみ殺しながら、ひざしは意識を手放した。
長きに続いた戦いの壮絶さとその結末に会場の誰しもが口をぽかりと開け、静まり返っていた。『パンツ野郎』とは一体…、と考え込む者もそれなりにいた。沈黙の中、実況のマイクがオンにされる音がブンと響く。
『…ちょっとビックリしちゃうほどすばらしい戦いだったね…私も思わず実況を忘れてしまったよ!雄英の未来は明るい…皆さん、2人の若者に拍手を!!』
オールマイトの言葉にやがてぱらぱらと拍手が起こり始め、さざなみは大波に変わった。歓声が起き、2人の名を呼ぶコールが響いた。
傷ついた耳で、すべてがぼんやりと遠くのことのように聞こえる相澤は、震える足の力を抜いて今度こそ地面の上に崩れ落ちた。表彰式は1位2位の2人が気を失ったままメダルを首にかけられるという異例の事態になった。
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