五月病を花瓶に詰めて(心→相)

hrakあいざわ受け

※しんそうくんが別人でありかつバドエン 二人がお好きな方は読まないことをおすすめ

 

 

新緑の芝がさらさらと揺れる、穏やかな5月の午後。遊ぶ母子が逃げ、ひと気の失せた公園ではバラの花弁が晴れた空を見上げていた。まばゆい太陽の光は生命の息吹を賛歌し、横たわった相澤の頬を照らしている。

「”死ぬ覚悟で突っ込む時以外は慣れた自分の戦闘スタイルで闘え、辛抱強くその環境を作れ”って先生言ってくれてたのに」

矢が4本刺さった腕を地面に落として動かなくなった相澤を見下ろしながら、心操は笑った。相澤から与えられた数少ないアドバイスを反芻する声は寂しげに響いた。

雄英を卒業し、7年を経過したその頬は在学中と比べ肉の丸みがすっきりと削げ落ちていた。反対に相澤の無精ひげを生やした輪郭は時を経ても変わらず、心操は懐かしさにそっと指を伸ばす。生徒の立場では決して触れることができなかった、指の腹をちくりと押し返してくる彼の雄の証。見目にはこだわらないアングラヒーロー、イレイザーヘッドを構成する”らしさ”のひとつ。

「闇夜にまぎれて奇襲からの短期決戦がオハコの先生が、こんな昼間に、隠れるものも何もない公園の芝生の上を走ってくるなんて

白昼の下、背から前方に無数の矢を飛ばすヴィランに襲われていた元生徒自分を助けるために。本来なら夜と同化するために作られた真っ黒なコスチュームは、この明るく朗らかな公園では違和感の塊だった。

指はざりざりと相澤の無精ひげを撫で、空を向いた顎のまるみを滑って喉に落ち、トプ、と埋まる。横一文字に肉がさらわれた、真深い溝に。深さは3センチ弱、生温かい血沼は心操の人差し指をすっぽりと受け入れた。切り離された頚動脈は未だとろりとろりと外に体液を流し続け、芝と土を汚し、非番の彼が買ったばかりであろう雑誌までも蝕んでいく。心操はその表紙の愛らしい猫に頬をゆるませてから、再び穏やかな眼差しを相澤に落とす。

「俺けっきょく先生のクラスにはなれなかったけど先生にとっては”生徒”だったんだね」

心操、どけ、と襲い来る矢を捕縛布で弾き、数本を自らに浴びながら庇ってくれた背中。

心操は目の前の鬼気迫る状況よりも、相澤が自分の名前と顔を覚えていたことに驚いた。思わず口元がほころんでしまうほどに。

3年間渇望し続けたヒーロー科。憎らしいが才能に満ち溢れた面々を率いる相澤の背中は、いつの間にか心操にとって憧れと羨望の象徴になっていた。その広さ、動じぬ雄然さ。決して届かぬはずだったやぼったい黒衣の背中が、今日は不似合いな明るい日差しの下、目の前で翻った。生徒だった自分を守るために。

左手の指を生ぬるい沼に浸らせながら、心操は右手の鉤爪をそっと持ち上げる。太く長い鋼鉄の刃は高潔な教師兼ヒーローの血をまとってきらきらと光っていた。初夏の日差しが透かせば赤黒さもガーネットのように美しい。

「先生、”なんで?”って聞く?」

疑問を口にしたくても器官は虚しい音を立てるだけだろう。使い物にならなくなった喉から出るのはあふれる血液だけだ。

先生ともっと話したかったな」

濡れた指で額を撫でれば、色の失せた肌を赤が彩る。

きっと俺の個性にはかかってくれないんだろうけど」

だから急所である喉を迷いなく不意打ちでえぐった。しかし今となってはそれが少し寂しい。自分にも話かけてほしい、自分をヒーローに導いてほしい、という在学中の想いが未練がましく頭をもたげていた。

この計画の相棒だった矢の男はいつの間にか姿を消していた。無粋な男だと思っていたが多少の気遣いができるらしい。歴々たるヒーローたちを育て上げ、排出し、ヴィラン連合を脅かしてきたイレイザーヘッドの殺害計画は無事成功。その輝かしい手柄は彼にやろうと心操は思った。

どのみちそんなものには興味はない。今はただゆっくりと命を失っていく目の前の存在を見守りたかった。憧れの人が絶命していく瞬間を、1秒も余さず味わえるのは今ここにいる自分だけなのだ。その贅沢さと、今日に至るまでの色の無い長い日々が胸に押し寄せ、心操の瞳をじわと濡らす。

「喋れたら俺になんて言ったかな、先生は

なんでヴィランになった、なぜ俺を狙った、と聞くだろうか。いや聞かないだろう、と心操は結論づける。現に三白眼に浮かぶ小さな黒目は、心操の顔をじっと見ていたが、動揺や個人的な怒りはなかった。避けられない死がもう迫っていることを静かに受け入れている男の目だった。負わされた致命傷が元生徒によるものだという事実も、どういうわけか彼の中では咀嚼できているようだった。心操にとってはそれが気に入らない。

”満足したか?”って顔だね、先生」

声色に棘を含んだ心操の問いかけに、口で答える代わりに相澤は緩慢に瞬いた。そのまま閉じてもう開かないのではないかと思うほど、ゆっくりと。

満足したなら罪を償ってもう一回人の役に立てるよう生きろ、と。気怠げな瞳はそう言いたげだった。推測ではなく、相澤消太という人物への確信だった。

ハア。カッコよすぎて嫌になるな」

人生を堕落させても触れない背中。薄暗い落胆と、それを上回る焦がれる想いで心臓が熱く解けた。心操は右手を伸ばし、鉤爪の先でそばのバラの枝を切り落とす。花びらの色は赤ではなく、やさしいクリーム色だった。

「準備してなかったからこんな寝ぼけた色しかないや、ごめんね先生」

締まらないけど許して、と言いながら切り落とした4本の枝を花束のようにまとめる。青々と茂る葉の群れ、花付きのよさが手にずっしりとした重量感を与える。五月の太陽を吸い込んだ花びらは一枚一枚まで生が満ち、うつくしい。爪で斜線に切断された硬い茎は鋭利にとがり、切り口からは汁がじわりと染み出していた。

卒業式の日にクラスの生徒から花束をもらっていた相澤の姿を思い出す。涙で顔の濡れた生徒から呆れた顔で花束を受け取った相澤は、卒業してからが本番だろうが、こんなとこで泣くな、とでも声をかけたのかもしれない。遠く離れた普通科の列の群れから眺めていた自分には、その唇が発した音が分からなかった。もちろん、花束を渡すことも叶わなかった。

「先生こんな時になってやっと言えるの、自分でもバカみてぇだって思うけど……好きでした」

相澤はくたびれた瞳でただ静かに心操を見ていた。告白、は恐らく聞こえているのだろうが、ひどく遅いまばたきのペースは変わらない。裂かれた喉も言葉を返さない。心操はバラの棘が刺さったようにちくりと痛んだ胸に気づく。別に好意が返ってくると期待していたわけでもないのに、今更センチメンタルな話だ、と乾いた自嘲の笑みが漏れた。

ぎゅうと手の中の花束を両手で握る。一方通行ではあるが、思いはきちんと伝えることが出来た。あとは心を込めて花束を贈るだけだ。自分の憧れの教師であり、プロヒーローに。

「せんせい今度は先生のクラスにして下さい、ね」

その耳に自分の言葉は最後まで聞こえただろうか。赤く開いた喉に突き刺した花束が揺れるのを眺めながら、心操は鬱陶しいほどまばゆい五月の日差しに目を細めた。

 

 

 

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