淫魔ひざしと××少年しょうた(ちびひざしょ)

hrakマイ相

ドッかわいいお表紙は「ぜんまい屋敷」のらんじあやのさんに頂きました! ※ふたりは1万歳くらいだけどしょたえっちがある※

 

 

 

 

すれ違った暗い、夜の闇に溶けそうな髪色に惹かれ、ひざしは振り返った。自分と同じ位の年頃の子だった。
目が追い付けば、ひざしの横を通りすぎたのは女の子だった。レンズ豆のような小さな爪をカボチャを模した色のマニキュアで塗り、母に手を握られた同じ年頃の。黒い角の付いたカチューシャで飾った髪は、夜風に流れるダークブラウンの。
「…なんだ」
そう漏らしてから、…『なんだ』ってなんだ?とひざしは自問自答した。なぜがっかりしたのだろう?? 誰かを探しているわけでもないのに、妙に心が落ち着かない。鼻先がムズムズした。
(…女の子なら誰でもいい!せっかくにんげんを食べに来たんだぞ!)
ひざしは自分の丸い頬を両手のひらでぺちんと打った。父母に内緒で魔界を抜け出して来たのだから、必ず人間を食べて帰りたかった。淫魔のひざしにとっての『食べる』は人肉をムシャリと食らうことではないのだが。
ハロウィンを迎えた街の大通りは夜更けにも関わらず賑やかだった。ひざしには自分たちを脅かす化け物の仮装をして浮かれる人間たちの心情がさっぱり分からない。しかしまだ頭の上のちいさな羊角も、背中にはえたコウモリのような羽も仕舞うこともできないひざしにとっては、人間たちの仮装にまぎれてこの世界を歩けるハロウィンは貴重な一日だった。
――もう人間を『食べた』の?!――
と同級生たちが驚き羨む顔が目に浮かび、ひざしはひとりでにやにやと笑う。角や羽を隠し完璧に人間に化けられるのは普通大人になってからで、それまでは外に食事にいってはいけないのがひざしの世界のルールだった。
(あくまがおりこうさんに『約束』まもってちゃサタンにはなれないぜ!)
ひざしの憧れ、将来の夢は魔界の頂点!頭からうねりをあげて伸びた角が闇雲を貫き、口を開けば悪魔のすべてを黙らせるサタン様だった。
サタナエルは上級悪魔であり、下級悪魔である淫魔は頑張ってもサタンにはなれないのだが、ひざしはまだそれを知らなかった。

ひざしは街の中央、今夜の賑やかさの中心である噴水広場にたどり着いた。唇を真っ赤に塗って魔女の格好をした女、ミイラの布を巻いた痩せた少年…ひざしはオリーブ色の瞳で明るい夜の中飛ぶように視線を走らせ、自分と同じ歳頃の子供を探した。淫魔なので魔法は使えるが、自分より大きい獲物を仕留めるのは大変だからだ。
と、ひざしより少し背の高い少年が、かぼちゃを両手に抱えてすり抜けていく。広場の中央で手作りランタンのコンテストがあるようだった。元ネタであるカボチャ頭に黒いマントでひらひら宙に浮く悪魔、ジャック・オ・ランタンはひざしの友達だ。以前『おまえはいいなー人間たち皆に顔をつくってもらえて!ちょーにんきもの!』と羨ましがったひざしに彼は、ぶさいくに作られるからイヤだ、魔界テレビで一番エッチな十八禁の淫魔チャンネルをガキなのに見られるお前の方が羨ましい、と返したものだ。
そんなことを思い出しながら、大小のかぼちゃを手にして広場中央に集まる子どもたちに目を奪われていたひざしのヒヨコ頭を、誰かが撫でた。
「かわいいね、坊や。トリートだよお食べ」
パン屋の前に立っていた、エプロンを付けた太った女主人がひざしの手に刻みナッツが張り付いたトゲトゲクッキーの入った小袋を差し出していた。彼女が抱えるバスケットにはまだ小袋がたくさん詰まっていて、ハロウィン用のパイを売りながら通りかかる子どもにはクッキーを配っているらしかった。
「ありがと、おばちゃん」
「ひゃあ冷たい手だねえ!今日は冷えるものね、お祭りを見たら早く帰って休みなさいよ」
女主人はふれあったひざしの指先の冷たさに驚くと、分厚い手で小さな手を温めるようにぎゅっと握ってからクッキーの小袋を渡した。悪魔の体にはもともと体温がほとんどないのでひざしが凍えているわけではないのだが、うん、と行儀よく返事をしてひざしは離れた。人間の礼節は魔界の学校で学んでいた。クッキーは通りすがった母親の押すベビーカーの中にポイと放った。悪魔も一応消化器官はあるが、人間の食べ物を食べるとおなかを壊すのだ。

(あ~~もう~!おなか空いたなあ!)
辺りから美味しそうな匂いはたくさん漂ってくるが、ひざしの腹を満たせるものはない。苛々したひざしの目は、シルバーカラーの髪を靡かせ人混みを颯爽と歩く母子を捉えた。魔女の格好をした母と、母のものよりは小さな三角帽子を被った少女。獲物にちょうどよさそうな子だ、家までついていこう、と雑踏をかきわけ追いかけたが、とんがった二人はレストランのドアに吸い込まれてしまった。看板の五月蝿い装飾を見るに、ハロウィンパーティーをやるのだろう。
ひざしは肩を落とす。浮かれた人間たちは夜更けを過ぎてもまだ騒ぎ続けるらしく、子どもが静かに眠っているところを襲いたいひざしにとって獲物探しは思いの外簡単ではなさそうだった。
ひざしは喧騒を離れ、住宅街に行こうと広場を出た。たどり着いた一角は静かだったが、祝祭は忘れないのか、ズッシリと重そうな大きなオレンジ色のかぼちゃに目と口をくりぬいた手製のランタンを置いている家、何年前に買ったのか古ぼけたかぼちゃ型のランプに火を灯しているだけの家、横着なのか気の早いクリスマスツリーにかぼちゃを飾り付けた家…やる気の差はあれ、どの家もその光でハロウィンを祝っていた。…ある一軒を除いては。
ハロウィンに一ミリたりとも浮かれていない、飾りもランプもない一軒の民家。壁を焦げ茶のペンキで塗り、さらに濃い色の屋根を被った佇まいは夜に同化していた。家主はよほど目立つのが嫌いなのだろう。
ひざしが上を見上げれば、二階の窓にうさぎやくまのぬいぐるみの後ろ姿が見える。
(子どもの部屋だ…!きっと女の子の)
部屋の電気が点いていないので、不在か、そうでなければ丁度よく就寝中ということになる。ひざしはキョロキョロと辺りを見回し人がいないのを確認すると、羽を広げてそっと飛び上がった。
窓の外からうすぐらい部屋のなかを覗けば、ベッドにちいさな盛り上がりがある。ひざしはしたなめずりすると、額をコンコンと拳で2回叩く。すると窓の鍵が魔法で音もなく開いた。本当はおとなの淫魔のように指をパチンと鳴らしてかっこよく魔法を使ってみたいのだが、ひざしの小さな指は何度やっても空気を擦るだけなので、代わりにタマゴのように頭を叩くことにしていた。
窓枠からそっと絨毯の上に降り立ち、音をたてないように足をつける。と、ひざしのももがぬいぐるみを掠め、うさぎが転がり落ちた。慌てて拾い、もとに戻そうとしてひざしはぎょっとする。
(顔がない……)
顔面がなにか鋭利なもので剥ぎ取られ、腹からは綿が飛び出している。
はっと振り返ってみれば、窓枠に並ぶくま、ブタのぬいぐるみも目が飛んでいたり、首が取れそうになっていたりと惨たる有り様だった。人形遊びにしてはあまりにも酷い。ひざしの手に冷や汗が滲む。
視線を前に戻せば、ベッドの上であたたかそうな羽毛布団が小さく、ゆっくりと上下している。ひざしは足を忍ばせて近づき、そっと枕元を覗き込んだ。
(………なんだ、ふつうの子どもだ。よかった…)
眠っていたのはひざしと同じ歳の頃の子どもだった。色白のひとえまぶたはふっくら盛り上がり、閉じた目はどうやら大きそうだ。すっぽりと被ったねこの耳のついたフードの下、首をおおう長さに延びた黒い髪が、つるりとした額と枕カバーの上でうねり踊っている。
街で見かけた女の子のほうがかわいかったけれど、ひざしにはこの子がなぜかとてもおいしそうに見えた。静かに繰り返される呼吸から、生気に満ちた波動を感じる。そのくちびるにさそわれるように、ひざしはそっと顔を寄せた。
その瞬間、耳に雷が走ったような気がしてひざしは飛び退く。見れば枕元の目覚まし時計がけたたましく鳴っていた。
(えっなんで??夜なのに??)
ひざしは冷や汗をかきながらまだ短いうでをあわてて伸ばし、ベッドの向こう端にある目覚まし時計に手を伸ばす。その瞬間、ゴチン!と音がして、急に起き上がったこどもとひざしの額がぶつかった。
「いってぇ~…」
ひざしがじんじんと痛む額を押さえていると、起き上がった子どもは少しだけ目を見開いて、
「なんだおまえ」
と言いながら目覚ましを止めた。
ひざしの頭はちょっとパニックだった。いきなり鳴り響いた目覚ましに驚き、石頭にぶつけられた顔面が痛み、しかも、女の子だと思った子どもの声は想像より低い。
「…おとこ?」
ふわふわした猫耳つきのフードの下で、小さい黒目がひざしをじっとみた。
「なんだよ。おとこだぞ」
見れば分かるだろ、文句あるのかと言いたげに少年はひざしに返して、ベッドから降りた。灰色の猫パジャマを着込んだ姿は男子には見えなかったが、ひざしはあっけにとられる。しかしすぐに当初の目的を思い出し、男といえど後には引けないと漫画で見たワルそうな悪魔の笑みを浮かべた。
「おれは怖いあくまだぞ。おまえを食べにきたんだ、大人しくしろ」
少年はひざしを振り返ったが、怯えるそぶりは微塵も見せず、寝起きの眠たそうな目であくびをひとつ返した。
「でていけ。おれは今からまちにいくんだ」
そう言いながら少年はベッドの足下に置いていたくすんだ色のトレーナーと真っ黒のズボンを手に取ると、着替え始めようとする。
ひざしにとってこれが人間を襲うはじめての経験だったが、こんなにつまらない初体験のシーンは予想だにしていなかった。ひざしのよく観ている淫魔チャンネルでは、立派な大人の淫魔に襲われた人間ははじめ驚き怯えるが、すぐに魔力にあてられてうっとりとして自我を失うのだ。親も近所のお兄さんもいつもいかに自分が人間をたくさんメロメロにしたか話してくれたのに。
(なんで驚かないんだよ)
ひざしはもそもそと猫パジャマを脱ぎ始めるその背中を見つめて立ち尽くしていたが、小さな拳をぎゅっと握り締める。ここで諦めては敗けだ。
「おい!おれはこわい悪魔だぞ。お前を食べにきたんだ、大人しくしないと…」
ひざしの叫び声を、それ以上に大きな呻り声がかき消した。
耳がびりびりする重低音に鼓膜が震え、背筋まですくみ上がる。
先ほどの眠たそうな黒い小さな目は同じ生き物かと思うほど豹変し、金色の獰猛な獣の目に変わっていた。恐ろしい音を出した小さな口も鋭そうなキバが伸び、ひざしを威嚇するようににぶい光沢を見せ付けていた。
ひざしは少しだけおしっこを漏らした。
「…食べられたくなきゃはやくでてけ」
少年は固まったひざしを前に口を閉じてキバをしまい、また眠たげな目に戻って着替えを再開する。猫耳のついたフードを下ろせば、犬のような耳が現れた。パジャマのずぼんを脱ぐとふさふさとした銀色の、やはり犬のようなしっぽが現れる。おしりを包んだ白いパンツに穴が開けられており、そこから出ているところを見ると、確かに彼から生えているのだった。
「悪魔はまずそうだ。おれは今日にんげんを食べにいかなきゃいけない」
「…おまえも…?なんで?」
少年は面倒そうな顔をしながら答える。
「いつも親に人間の肉をとってきてもらってるけど、そろそろ自分でとれるようになりたい。きょうはハロウィンで夜でも子どもがいっぱい外にいるし…肉をとってきて親にみせるんだ。よろこぶと思う」
「…へー。えらいんだな」
自分もハロウィンに乗じて人間を狩ろうとこちらの世界にきたが、同級生のなかで目立ちたいというだけで親のことなど考えていなかった。むしろ親にはあとでしこたま怒られるだろう。
ひざしはこの犬のような少年はとても怖いが、いいやつなのだと思った。同時に、胸に彼への興味がむくりと芽生えた。
「おまえ、犬なの?」
少年はまだ話しかけるのかと少しうるさそうに眉をひそめたが、答えれば面倒が済むと思ったのか結局口を開いた。
「おおかみだ。おおかみ人間。満月の日はもっとおおかみに近くなる」
「ふーん」
おおかみ、というのはひざしの知らない動物だったが、犬の仲間なんだろうな、と思った。お父さんが犬なのか、お母さんが犬なのか、とても気になったが、『初対面の人に家族のことをあれこれ聞くと気まずいことになるのでやめなさい』と親からよく言われているのでひざしは黙った。その間に少年は着替えを終えてしまった。
「ねえ、名前なんていうの」
「消太」
「しょうた?おれはひざし。淫魔なんだ」
「インマ…」
「人間をメロメロにして食べる悪魔なんだ」
「メロン?」
「ノー!好きにさせちゃうってこと!」
好き、の意味が分からないのか消太が小首をかしげる。
「ふつうの人間ならこうやって俺と喋ってる間に俺を好きに…むねがドキドキしてくるはずなんだ。お前は半分犬だからそんなことないのかな~」
「犬っていうな。おおかみだ」
消太がむっとした顔をして、もう出かけると背を向ける。ひざしはもっと話をしたかったので慌てた。
「待った!おれも今日ハロウィンにまぎれてにんげんの子どもを食べようと思ってきたけど、ちょうどいいのは見つからなかったよ。みんな親とずっと一緒にいるからむずかしいよ」
「…行ってみないとわからないだろ」
「おれウソついてない。それより、おれともっとお話しよう。消太とお話ししたい、おれ!」
消太はそんなことを言う生き物にはじめて会ったのか、大きな目できょとんとひざしを見た。あまり友だちがいないのだろうか。ひざしには分からなかったが、頭のなかは目の前の少年の気を引きたい一心だった。

「おれ魔法を使えるの。たのしいよ?」
ひざしが丸いおでこを拳でコンコンと2回たたくと、消太が脱ぎ捨てた猫フードのパジャマが一瞬でダークグレーの猫にかわった。薄暗い部屋で目をきらりと光らせた小さな生き物は、持ち主を知っているかのようにベッドから降り、消太の足下にすりよった。
「…逃げない…」
消太が小さく呟いた。声が微かに震えているのがなぜか、ひざしには分からなかった。消太は、まるで怖がっているかのように、ちいさな手を猫にそろりと伸ばし、やわらかな毛の生えた体に触る。しばらくして猫が逃げないのを確かめると、胸元へ招き、ベッドに寝そべった。自分の腕のなかに猫がいる事実を全身で抱き締めるように、背とひざを丸めている。ひざしは『子猫も出せるよ』とか『なにいろの猫がすきなの』とか、いろいろ話しかけたかったが、その幸せそうな背中に口を開くのをやめ、自分もベッドに乗り上げた。
「かわいいね」
「…うん」
覗き込めば消太の腕のなかで猫が眠たそうにしている。そのぬくもりを抱きしめたまま、ときおり手のひらをすべらせて毛並みを堪能してはしあわせに浸っている消太がかわいく思え、ひざしは消太にくっついた。猫を抱きしめる消太をうしろから抱きしめ、肩にほっぺをくっつける。猫に没頭していた消太はしばらくそのままにさせておいたが、やがて、なに、と振り向いた。
「うーん。うー。……消太のことたべたい」
消太の目がまた金色に光りかける。前髪が浮き、曲面のおでこが見えかけたところでひざしはあわてた。
「ちがう、たべるって、俺のは痛くないよ。くっついて、元気をもらうだけ」
「今みたいに?」
「う、うん」
今くっついているのは食事のためではなく、ただくっつきたいなと思ったからなのだが、間違いではない。肌が触れていればそこから少しずつだがエネルギーを吸い取ることができる。さらに深く接触すればその量は多くなる。
「元気をとられたら困る。だめだ」
「たべさせてくれたら、魔法で消太のお願いごと1つなんでもかなえてあげるよ」
金色の目が素早くまたたいた。
「なんでも?」
「うん、おれはまだそんなに大きなもの出せないけど。なに、言ってみて」
「……」
消太は黙って目を落とした。とても迷っているのが、シーツの上を右往左往する視線からわかった。目の動きが止まり、意を決したように消太がもう一度顔をあげ、ひざしを見る。唇が開きかけ、言葉を飲み込んで閉じては、また開いた。
「…」
「なに?」
「ねこ…人間になりたい」
え?とひざしが聞き返すと、消太は、ねこ人間、と俯いて繰り返した。
「ねこ人間?」
「…。おおかみ人間じゃなくてねこ人間になりたい」
そういえば、とひざしは消太が猫耳のフードつきのパジャマを着ていたのを思い出す。きっと同級生には見せられない、そんな姿で家でコッソリ過ごしているのは、猫になりたかったからなんだとひざしは合点する。
「猫大好きなんだなー!なんで飼わないの?」
「…満月の夜になったら食べちゃうから」
窓際のぬいぐるみを思い出してひざしの表情が凍りつく。
「それにねこ人間になればきっと街の猫も逃げない…友達になれる」
野生の猫はオオカミ人間の気配を怖がったのかもしれない。猫に触ろうとして逃げられ、威嚇されて一人たたずむ消太の姿がひざしの脳裏に浮かんだ。
ひざしは心の中で、どうしようと思った。実はまだ子どもであるひざしの魔法は2時間くらいしか持たない。つまり、消太が望むように彼を永遠にねこ人間にすることはできない。…正直に言ったら食べさせてもらえないかもしれない、ひざしはそう思って、悩んだ挙句その事実は告げないことにした。淫魔の教えでは人間にはうそをついてもいいことになっているので。
「わかった!いいよ。食べさせてくれたらねこ人間にしてあげる!」
「ほんとに?」
「うん」
消太の耳がぴくんと震える。オオカミ人間は嬉しいときそうなるんだ、とひざしは気づく。
「じゃあ、たべろ」
「うん…いっぱいくっかないといけないから、服脱がしていい?」
「うん」
念願のねこ人間になれるので、消太は無表情だが嬉しそうにみえた。
(すぐ解けちゃうのに)
黙っていようと決めたばかりなのに、段々とひざしの胸が重苦しくなる。少しの間ねこ人間にはしてやれるので、うそといっても小さなうそのはずなのだが。ひざしは落ち着かない心臓の音に栓をするように唇をきゅっと結び、消太の服を脱がせる。横によけた猫は、小さな二人が万歳をして頭から服を引き抜き脱がせあうのをつまらなそうに見ていた。
「パンツも?」
「うん」
消太は不思議そうな顔をしたが、ひざしが頷くのでしっぽを引き抜き、自分で脱いだ。ひざしも服をぬぎ、ふたりでまるはだかになる。
「…あったかい!犬ってあったかいなー」
「犬っていうな。おまえはつめたい!」
ベッドの上でぎゅっと消太の胴をだきしめると、ひんやりとした体に高い体温が伝わってくる。互いのやわらかな肌が擦れ合うだけで心地がよく、ひざしはうっとりと目を閉じた。消太の平たい白い胸の向こうで小さな心臓がとくとくと鳴るのが、触れあった肌からそれが響いてくるのが楽しくてたまらない。
ひざしはこの後どうしたらいいんだろう、と魔界テレビ淫魔チャンネルのドラマを思い出してみる。食事風景で主人公の男は『好きだ』とか『愛してる』と言いながら人間の女に自分の口をくっつけていた。
「かむな!」
唇が触れたので噛まれると思ったのか、消太が叫んで手のひらでひざしの顔を押しのける。
「かんでないよ」
なんだと目がたずねてくる。ひざしはなんと答えたらいいのか、小さい頭をひねってから、やはりテレビの淫魔の言葉をまねることにした。
「えっと……『すき』ってこと」
「すき?」
やはり意味がよく分からないのか、消太がオウムのように繰り返す。
「んと…消太もねこすきだろ。それと一緒」
「ねこといっしょ?」
「そう」
「…そっか」
よく分からなくても『ねこといっしょ』というだけで気分がいいらしい。消太は納得した様子でおとなしくなったので、ひざしは白くて丸いほっぺに唇をくっつけた。うっとうしそうにまばたきをする瞼にも、まだ低い鼻にも、ちゅ、と音を立てて。
「ぅ~…もういいだろ…」
消太は顔を拳でこすると、くすぐったさに寝返りを打ち、後ろで大人しくしていた猫に手を伸ばした。ミャァンと嬉しそうに鳴いて消太の腕のなかに収まる魔法の愛玩動物に、ひざしは少しだけ面白くない気持ちになって自分も消太を後ろから抱きしめる。
(おれももっとくっつきたい~…)
消太の腕のなかにすっぽり収まる猫に負けないくらいに。ふと思い立って、ひざしは消太のつるりとした丸いおしりにさわった。
(『ヒンヒンの穴』、どこだろう…??)
このあいだ魔界テレビを見たあと、母に急かされて一緒にお風呂に入った父がひざしに教えてくれたのだ。俺も人間をあんなふうにたくさん『ヒンヒン』言わせたのだ、と。
『どうやったのー?』
『人間にコレを入れてやるんだよ』
そう言って父が得意気に指差したのはひざしの何倍もある、魔界のワームのように黒光りした、太く長いペニスだった。早く大人のようになりたいひざしだが、いつもこれを見るとすくみあがってしまう。
『ちんちんを…人間のどこに入れるの?』
『そうだなあ、甘~い蜜を出す穴があるんだよ。そこに入れれば人間はヒンヒン鳴くし、エネルギーを吸い取られて俺たちにもっっっとメロメロになる』
『へ~…!』
たしかにテレビでは、男の淫魔が股を人間の女の尻にくっつけて腰を振っていた。同じようにすれば、消太を本当の意味で、食べることができるはずなのだ。大人の淫魔と同じように!
(甘い蜜、甘い蜜…)
ひざしはふさふさとした尾をかきわけて、おしりの間に手を伸ばした。消太はむずがゆそうにしたが、腕の中の猫に没頭しやめろとまでは言わなかった。湿った肉の間で、ちいさな窪みが指先に引っかかる。人間のような直腸のない淫魔のひざしにとっては初めて触るものだった。
(ここがヒンヒンの穴かな?)
だが甘い蜜が出ていない。
(消太は犬とのハーフだから出ないのかな?)
もしかしたらそうかもしれない。ひざしは合点すると、額をコンコンと2度叩いた。頭に思い浮かべていたのは、魔界学校の授業『人間の食べ物』で習ったアレだ。
「うわっ!!!?」
あめ色の粘液がベッドに降り注ぐ。消太は裸の肌に突然たれ落ちた大量のハチミツに悲鳴を上げた。
「なんだ!?」
「ごめん、もっとくっつくのに『甘い蜜』がいるから…」
「おふとんがよごれただろ」
「ごめんごめん」
ひざしは怒って毛を逆立てた消太の頭をなでてから、そのおなかの上に跳ねて広がったハチミツをすくい、おしりの間に塗った。
「…!なんだよ。ホットケーキに塗るやつだぞこれ…」
「知ってる。あととろとろのバターがあれば人間の子どもは喜ぶんでしょ。バターも出す?」
「おれはホットケーキじゃない」
そう言いながら、ぺろ、と消太が腕を舐めた。頬がゆるむのを見れば甘いものはきらいではないようだ。消太が目が合った猫に指を差し出すと、猫は警戒するように暫し指先を眺めていたが、奇妙な顔をして結局舌を伸ばした。魔法で変化した猫は魔法で生まれた食べ物と相性がいいのかもしれない。気に入ったように指先を舐め続ける舌のざらざらした感触がくすぐったいのか、消太はくすりと笑った。
「消太、ごめん…もうたべちゃうね、おれ」
ひざしの言葉と同時におしりを襲った異物感に、微笑んでいた消太の表情が歪む。短芯が、ハチミツのすべりをまとって無垢な狭い入り口に尖った先っぽを潜り込ませた。
「ぁ、…ぐ、…そこ、うんちの穴だぞ…なんで、」
「ここしかないと思うんだ、う~…でも入らない…」
「だってうんちの穴だから…うんちでなくなっちゃうだろ……うぅ~…」
ひざしは中に入ろうとぐっと腰を押し付けるが、硬く閉じた窄まりに阻まれ、入りかけていた先端がふにゃりと負けてしまう。消太は困ってしまったように耳をぺたりと寝かせ、恐々とひざしを見る。ひざしは考え込んでから、頭をコンコンと二度叩いた。
「なに…?」
ひざしの片手が触れているおしりがじわりと熱くなり、消太は違和感にたずねる。
「フニャフニャの魔法。効くかな~?」
そう言いながらひざしが指で尻たぶを両側に引けば、硬く閉じていた窄まりがゼリーのような赤い粘膜のトンネルを開いた。そこにひざしが性器をふたたび押し当てると、微かな抵抗を受けながらも柔らかい肉に徐々に飲まれ、最後には根もとまで収まった。
「はっ、…ふ、……ぅっ…」
「痛い?」
「ううー……ちょっと、いたい……」
シーツをぎゅっと掴んだ消太の苦しそうな声に罪悪感を感じながら、繋がったそこからエネルギーが体内に流れ込む心地よさにひざしは目を閉じる。トロトロとした温かな湯が下腹部から冷たい指先まで周るように、冷たい体が温度を上げていく。エネルギーを吸い取っているのはひざしの方なのに、性器も感覚も心も、すべてが持っていかれそうだった。
(メロメロにできるとおもったけど…おれのほうがメロメロになってる~~…)
オリーブ色の瞳に浮かぶ光がとろけ、寝癖の跳ねた黒髪を愛おしげに映す。
「はぁ…あったかい……しょうた、ヒンヒンする…?」
「うま…?」
「馬じゃなくて、なんかこう、ヒンヒン」
「??」
おかしいな、と思いながら、ひざしは魔界テレビのドラマに頭を巡らせる。淫魔の男が股を女の尻に打ち付けるシーンをまねて、ひざしはおしりを横に振ってみた。すると、小さな性器がずるんと消太のなかから抜けてしまう。
「あっ……なにしてんだ……んゥッ、ひゃっ」
「とれちゃった…ちがうのかなー…」
もう一回消太のなかに自身を入れなおして、ひざしは頭を巡らせると今度は前後に腰をゆすった。
「ぅあ!ふっ、…ぅ、…ァ、…あ……」
ふっくら肉のついた瓜二つの体型の下半身がぶつかる。ひざしは消太の丸い尻をうつたびに性器がぎゅっと絞られ、頭のなかが溶けそうになった。気持ちいい、という言葉をまだ知らない幼い頭は、ちんちんが熱い、ホットケーキの上のバターみたいに溶けちゃいそうだ、と思った。
「んあ、ぁ、とけちゃう、のかな、?」
「はぁ、…え?っひ♡…あ、ァ、ひゃ、」
消太も返事ができないようだった。性器は自分のものでなくなったかのように痺れて感覚がなく、消太の、普通の人間よりも体温の高いあたたかい腹の中でその一部になってしまう気がした。ひざしはこのままちんちんがジュワリと溶けてしまったら…と急に怖くなり、あわてて腰を引いた。
「はあ…はぁ……よかった、ある…」
はちみつをまとった小さなペニスが穴からぷるりと抜け出て目下にあるのを確認し、ひざしは安心した。見れば消太は耳を力なく倒し、シーツに頬をぐったりと預けたままでひざしを呆然と振り向いていた。涙を溜めた瞳に浮かぶ金色の瞳は月のようで、ひざしは魅せられる。消太も何が起きているのかよく分からないのか、唇を緩慢に開きただ一つの依り部としてとして小さい拳でシーツに皺を作っている。
「消太、こわい?」
「こわく、ない。でもお前がなかにはいると、頭がぐしゃぐしゃしてよくわからなくなる…」
少し心細そうな目がひざしを見て、それから下を見た。
「おしっこに使うしっぽ、いつも下向いてるのに…」
自分の股の上で小さな頭を起こす性器に、消太は不安そうに声を落とした。ひざしは自分と同じ大きさ形の、まだやわらかい皮に包まれたそれにそっと手を伸ばす。
「ぁ、…っ」
消太の耳がぴくんと跳ねる。ハチミツではなく、透明な液で濡れているその先っぽに興味を惹かれ、ひざしは小さな穴の周りを指で触った。
「うあ、やだ、くすぐった、?…ぅ、わかんない、けど、ぁ、やだっ」
自分を襲う感覚が何か分からず、消太が両膝を曲げ体を丸めて『しっぽ』をひざしの手から遠ざける。ひざしは大きな瞳で楽しそうにその様子をじっと見て、消太の上に覆いかぶさった。性器の周りがムズムズ疼いていたが、それよりも消太にもっといろんなことをしてみたくてたまらなかった。
「消太の犬の耳、かわいい…」
頭から伸びた三角の耳は、先っぽに少し丸みがあり、中まで銀色の毛がふっさりと生えている。触れれば、その柔らかな毛質はひざしの指を包んだ
「耳しまえるの?」
「しまえない…だから帽子被って学校いってる。おとなになったらもっと上手に、頭にぺたんってしてずっと畳んでられるけど、まだできない」
ふうん、とひざしは相槌をうちながら、人間界で暮らすのは大変なんだな、と思った。それから普段は帽子の下に隠れているというその耳に顔を近づける。
「ひゃ」
鼻先を入れると消太の高い体温と、ふわふわした毛が顔を撫でて心地いい。犬ってかわいいな、と思いながら、ひざしは薄い耳を唇ではむはむとはさみ、それから耳の根元から先っぽに向かって人よりは少し長い舌を滑らせた。
「ん~、ぅ、みみ、いやだ…!」
「くすぐったい?」
「あっ…ーー!!みみのとこでしゃべるな!」
「え?なんで」
「ひゃ…んっ」
やめろというように消太の拳がひざしの肩を叩く。仕方なくひざしが顔を引くと、ベッドの隅に追いやられて飽きていたらしい猫がこの隙にと消太に寄ってきた。愛着を示すように顔をすりつけ、胸の上にとびちったハチミツを丸い目玉でじぃと見つめた。
「ぅあッ!」
裸の胸の上を走った猫の舌に消太が悲鳴をあげる。猫は桃色の小さな突起を覆った蜜をさりさりとなめまわす。ひざしはそれがどんな感触なのか知らないが、消太の髪がぞわりと逆立ち、潤んだ目を見開いて口をぱくつかせている様子が少しだけ面白かった。
「おれもするー!」
ひざしが猫と反対の乳首に舌を伸ばしなめ始める。消太の手はやめろというように金色の頭に触れたが、2つの舌の攻勢に途中で力が抜けてしまう。ひざしの舌の上にじんと甘さが広がる。普段味のない人間のエネルギー玉を食べているひざしにとって、味のある人間の食べ物ははじめての経験だった。
(にんげんの食べ物ってたのしいんだな~)
人間と同じ消化機能がないのであまりたくさん食べるとおなかを壊すのだが、舌がうっとりとしびれるような味をひざしはとても気に入った。となりで消太の右乳をなめ回す猫も鼻先をハチミツだらけにし、ダークグレーの毛をてらてらと光らせて夢中で舐めている。
「ぁ、ふ…♡、や…っ、あ…!ぁ…、ぅ、ン~~~!」
消太の顔は真っ赤だった。隣で消太の胸を舐めている猫をそのままに、ひざしは心配そうに顔を近づける。
「消太、お顔がまっか…だいじょうぶ?」
目じりから流れる涙を舐めてやると、今度は舌がぎゅっとしびれた。またひざしの知らない味だった。
「だれのせいだ」
消太は目を吊り上げ、ひざしの少し長い舌を親指と人差し指で挟み、引っ張る。いへへ!と悲鳴を上げても一切力を抜いてくれない容赦のなさに、ようやく開放された時には舌がひりひりと痛んで口のなかに仕舞っていられなかった。涙ぐむひざしの様子をみて気が晴れたのか、消太がぷふと笑う。その桜色の薄い唇と年相応の無邪気な笑い顔がひざしの胸をさらに温かくさせる。
「消太、おれのことすき?」
また『すき』の意味を測りかねているのか、消太はひざしの質問に少しの間黙っていたが、やがて平静に戻った瞳をぱちりと一つ瞬かせてから答えた。
「おれはねこがすき」
ひざしの羽根と尻尾が瞬時に下に垂れ落ちる。消太がねこを好きなのは知っているが、時速200キロの鉄球に期待に膨らんだ胸を容赦なく押しつぶされた気持ちだった。ペシャンコにされた胸では息をするのも少し苦しかったが、ひざしはそっかあと相槌を振り絞って顔を伏せる。消太の暗闇に光る目が、シーツの上にぽたりと落ちた透明な染みを映した。
「でもおまえもちょっとすき」
抑揚なく付け足された消太の言葉に、ひざしが勢いよくヒヨコ頭を上げる。
「ちょっと?」
「うん」
「ねこがすきだけど、おれのこともちょっとすきでいてくれるの?」
「しつこい」
消太はそういうと、ひざしの頬をぺろと舐めた。消太の舌は少し薄く、肌をさらりと心地よく撫でる。
「わ」
「これがおれたちの『すき』だ」
「え?」
「口はくっつけない、舐める」
ひざしは先ほどキスをしたときに、その行動の意味を問われ『好きってこと』と答えたのを思い出す。おおかみ少年である消太なりの『すき』の証。とたんに舐められる頬がゆるみ、桃色の熱を帯びる。消太はひざしの両頬をなめ、舌を酷くひっぱられてオリーブ色の瞳からにじみ出ていた涙もすくう。
「へへ、すっげ…」
ひざしは嬉しくなってお返しに消太の頬を舐めた。厚くて長い舌は消太の薄い舌のように軽やかに動かないが、白くてやわらかい肌をなめるのは気持ちいい。
「お前、舐めるのへたくそ」
こうするんだと言いたげに消太もひざしの顔をなめ回す。
「じゃあおれはこっち」
ひざしはたんぽぽが花開いたように表情をほころばせて笑いながら、消太の頬に口付ける。ちゅ、軽い音を立てながら丸みのある頬から小さな唇の端にキスを滑らせる。
ハチミツに濡れたベッドの上でじゃれつき、舌と唇の愛撫を交わしながら、ひざしはさっきは性器が溶けそうで怖くなり中断してしまったことを、もう一度試したくなった。
「消太、やっぱりおれ溶けたい…さっきみたいにもう一回してもいーい?」
「ん、……うん」
消太は少しためらったが、頷いて足を開く。小さなペニスが少しの緊張感と共に再び窄まりに触れる。消太の丸いふぐりからひざしの膨らんだ円筒のそれにハチミツが垂れ落ち、柔らかなうすい皮の上を伝った。
「っ…ぅ、……ん」
「はあはあ、あ」
ぺた、ぺたん、とたどたどしく肌がぶつかる音。
消太のおしりに股をぶつけるように動けば、それだけひざしの頭が熱くなり、そわそわとした。どこか得体の知れない場所へ追い立てるように。ひざしの裸足の爪先まで落ち着かずにムズムズし、足の裏が汗をかいていた。これがエネルギーを吸い取るための食事だということを、ひざしはもう忘れていた。ただ消太の熱いなかでこのまま溶けてしまいたい、ハチミツやバターのように、とろとろと一緒になってしまいたい、という気持ちだけが金髪の揺れる小さな頭を占めていた。
「ぅ、ぁ、あ♡…ぅ、ひ、あ、ぁ…♡」
喘ぐ消太の牙が口のなかで小さく覗いている。口をくっつけられないのが酷くもどかしかった。それでもひざしは腰が動くのを止められず、ただ消太の中で溶けてしまいたいという気持ちだけが膨れ上がってたまらなかった。
「っ、しょうた、おれ、おれ、ぁ、あー…!あぁ、あ♡」
頭のなかで魔法の閃光弾がはじけたような感覚。得体の知れない大波に飲まれ、高い声をあげて鳴いたひざしの垂らした涎が消太の丸い腹の上に落ちる。同時に、下半身の力が一気に抜けた。解放感に満ちた心地よさがひざしの股から腰の周りを渦巻き、気づけば、ひざしの先っぽからは尿があふれていた。
「わ、ぁ、あ、やだ、やっ」
生ぬるい水が腹のなかで広がる感触に消太がシーツの上で暴れたが、驚き力がぐうっと入った小さな穴からひざしのペニスは引き抜けない。ひざしは戸惑ったが、罪悪感の混ざった甘く痺れるような気持ちよさに唇を開いたまま、うっとりと目を細めた。
「はあ、はぁ、…う~~~」
ぐったりとして喉を鳴らす消太に、ひざしがおそるおそるその腹に触れ指で押すと、ひ、と小さく声が漏れる。もともと丸みを帯びていた消太の腹は尿をふくんで張っていた。
「ご、ごめん」
われに返ったひざしは慌てて身を引く。ぬぽ、と消太の穴からペニスが抜けたと同時に、そこからじゅわと尿が溢れてシーツに流れ落ちた。薄く黄ばんだ染みはあっという間に広がり、消太の尻の周りで水溜りを描く。

「消太…だいじょうぶ?」
ひざしが消太の顔を覗きこむと、グーの拳がその鼻先にぶつかった。
「いだっ」
「おれがおもらししたってお母さんに怒られるだろ」
消太の大きな目が暗がりに光り、涙ぐんでいるのが分かった。ひざしは痛む鼻を押さえながら頭を垂れ、ごめんと再度謝る。
「このあいだもうおねしょしなくなったってほめてもらったのに…」

消太は座り込み、シーツの上の染みを見ながら声を落とした。気分を表すように少し垂れ下がった獣の両耳を前に、ひざしはなんと言えばいいかわからず口ごもる。自分もおねしょをすると親におしりを叩かれ、尻尾を洗濯ばさみで挟んで物干し竿から一日吊るされるので消太も同じ目にあうのかもしれないと思った。ひざしはあわてて魔法で布巾をだし、消太の体をふきはじめる。しかしまだものを消せる魔法を知らないので、ベッドカバーに大きく地図を描いたおしっこを消すことはできずに項垂れた。幼い頭は新しいシーツを出すということを思いつけなかった。
「お、お母さんにはおれがごめんなさいするよ。おれがしちゃったし…」
「いい。それよりはやくねこ人間にしろ」
消太はひざしの言葉を打ち切ってじろりと睨む。急かすように口から牙を覗かせていた。ひざしは怯えて唾を飲んだが、少し考える。魔法は二時間しか効かない。ねこ人間になれたと喜んだ消太は、ひざしが帰って一人になってから魔法が解けてショックを受けるだろう。
それはいやだ、とひざしははっきり思った。
「消太、あの…うそ言ってごめん。俺の魔法、すぐ解けちゃうの。ねこ人間にはできないの」
消太の目がぎらりと金色に光る。
「いわなくてごめん。まだ魔法じょうずに使えないから…だけどもしずっと魔法をかけてあげられても、消太がねこ人間になったらお母さんはかなしいと思う」
「……」
消太は黙っていた。いつも通りに戻したちいさな黒目が、母の顔を思い浮かべているのがひざしにはなんとなく分かった。消太はしばらく俯いていたが、…まちのねこと友達になりたい、と呟いた。頭ではねこ人間になれば親を悲しませると分かってるが、諦められない気持ちが溢れ、消え入りそうにその語尾を震わせた。ぎゅうと握られた小さな拳が、街のねこに近づこうとして逃げられ拒絶された過去を物語っていた。
「…すぐ戻っちゃうけど、いい?それなら魔法かけてあげる」

ハロウィンの仮装と同じ、ほんの仮初めのひとときだ。
それでも消太はきらきらと光る大きな目でひざしを一心に見つめ、頷いた。
ひざしが今までにない緊張した面持ちで頭を2度小突く。1秒、2秒、3秒…時間がたっても薄暗い部屋のなかは静まり返っていた。消太の顔からネコ髭が飛び出ることもなく、ニャンと鳴くわけでもない。棒立ちになっていた消太の耳が少しだけムズムズと形を変えたように見えたが、ぴんと立ち上がった三角形なのは変わらずで、ひざしは首をかしげた。
「…なんか変わった?おれ分かんない」
消太は黙ったまま、しっぽをゆらりと振ってみせた。毛が長くふさふさとしていた銀色の尾は、短い白い毛に包まれたしっぽに変わっていた。ぎゅっと閉じた唇とピンクに染まった頬がクールな消太には珍しい、爆発しそうなよろこびを押し殺しているものだと気づき、ひざしは微笑んだ。

「街にねこ探しにいこっか!おれが連れてってあげる」
ひざしは羽をひろげると、開いた窓から空中に出た。消太のエネルギーをもらったおかげだろう、コウモリ型の羽根には隅々まで精気が満ちていた。見た目は変わらないのに、おとなのように大きく禍々しい羽根になったような気がしてひざしを得意にさせた。
親に隠れて人を捕まえにいくために用意していたらしいなめし皮の靴に小さな足を包み、消太が窓枠から身を乗り出す。猫の跳躍力でぴょんと跳ねると、受け止めたひざしはワオと興奮気味に声を上げ、消太を抱きしめたままぐるりと旋回した。向き合って接する二人のまるい額の上で前髪が風に流れる。空中で抱き合っているのがたのしくてうれしくて、ひざしは逆さになってドリルのようにぐるぐると旋回してみせたが、消太は風に少し顔をしかめただけで怖がらない。ふっくらした頬がつくる相変わらずの仏頂面にひざしはさらに可笑しくなり、甲高く笑った。
「消太、またねこ人間になりたくなったときにおれを呼んで」
「…どうやって」
ひざしは頭をひねる。2人の世界は違うので、電話も通じなければ手紙も届かない。
「じゃあおれがまた消太をたべにくるから。そのときねこ人間にしてあげる!」
そう言って消太の頬にキスをすると、無言で頷きが返された。

石畳の地面に2人で着地する。夜闇のなかアパートや家々が並ぶ向こうに、まだ消えぬハロウィンの祭りの明かりが見えた。消太の手を握ればぷにと触れたことのないような柔らかな弾力がひざしの手のひらを押しかえす。…にくきゅう、とひざしの疑問に先手を打って答えた消太は月明かりの照った唇をほころばせた。

広場ではランタンコンテストが終わったのか、リボンのついたメダルを首から提げた子どもたちが大人に連れられ歩いていた。噴水がひとつあるだけの広々とした街の中心は、まだハロウィンを謳歌し騒ぎたい人間で溢れていた。スパイスを効かせた油のしたたるチキンやきのこたっぷりの熱々のクリームシチューが詰まったパイ、7色に着色されたクリームを塗りたくったケーキが露店を賑わす。酒の入った赤い顔で踊る太ったティンカーベルとゴブリン。悪魔の仮装で甘ったるい流行のポップチューンを演奏するバンド。彼らが背につける黒いビニール製の羽根の、てらてらと安っぽい光沢を笑いながらひざしは羽根を得意げに1度はためかせた。本来なら人間の目から隠さなければいけない頭の上の羊角も、羽根も今日はさらしたままでいい。消太が帽子を被っていなくても、パンツにしっぽを通してズボンの中にしまっておかなくても、誰も気にしないのだった。

ごった返す広場の人ごみをよけて端を通ろうとひざしが消太の手を引いて歩くと、聞き覚えのある声が振ってくる。
「あら坊や今度はお友達連れてきたの?かわいい猫さんね」
見れば行きに通ったパン屋の前だった。売れ残ったのだろう、あの太った女主人が格子状の生地がつやつやと照ったパンプキンパイの半かけを紙袋に2つ詰め、トリートよと渡してくれる。ものを食べられないひざしはためらいながらも、ありがとう、と受け取った。すると近くを通った、もじゃもじゃと紫髪にパーマのかかったピエロの男までが、かわいいモンスター2人だな!仮装もうまい!と星型のキャンディが詰まった小袋を2つ手渡してきた。消太が小さくお礼を言うと、今度はパン屋の隣のケーキ屋の娘が手を振り、嬉しそうに話しかけてきた。
「…おかしがいっぱいでねこが抱っこできなくなる」
両腕で山盛りの焼き菓子やキャンディを抱えることになった自分たちの姿に、消太が困ったように呟いた。そうだね、と相槌を打ったひざしはやっと広場を抜けることができた安堵に息をつくと、ぐるりと視線を巡らせ、近くにあった民家のカボチャのランタンの横にビニールに包まれたラズベリーのカップケーキを置いた。消太の手を引き、次は隣の家のポストの上に星のキャンディの小袋を置く。
「モンスターが人間におかしをあげるのか?」
「うん、1年に一度のお祭りなんでしょ」
ひざしの理屈はよく分からなかったが、消太もまねて知らない家の軒先に腕のなかからこぼれそうなお菓子を置き始めた。不恰好なランタンのある、小さな子どものいそうな家には特にふんぱつして。本当は人を怖がらせておかしをもらうべきモンスターが、二ヶ月後に現れる赤いトンガリ帽の爺のようなことをしているのが奇妙で、可笑しかった。

身軽になり、ふたたび手をつなぐと、ひざしの手のひらが、消太の手のひらのぷにとやわらかい桃色の弾力を確かめる。
「にくきゅう、いいなーぁ」
「すぐいっぱい触れる。こんな月の細いよるは路地に集まってるんだ」

明るい祭りの灯に背を向け、暗く狭いねこたちの国へ。