二人だけの秘密(マイ相短編2本)

hrakマイ相

21年のワンドロSS① ※本誌ネタ含む

 

バレンタインデー

 ハート型の箱を開くと、ふっくらまるまるとした三匹の猫のおなか。腹を見せのびのびと眠る猫のチョコレートは精巧に作られていた。日向の居眠りにうっとりと目を瞑った極楽顔の表情まで愛らしい。相澤が微動だにせず目を細めていると、テーブルの上のチョコレートの山の向こう側で山田が呆れた顔をする。
「…そろそろ猫型のチョコレートは食えないって生徒にカミングアウトしたらどうよ?相澤先生」
「無茶言うな」
 相澤は山田を睨む。どんな顔で教壇で『猫型のチョコはかわいらし過ぎて食えないのでくれるなら他のにしてくれ』などと言えるのか。クラス外の子もいる。今まで猫型のチョコレートをくれた子の心情もある。
お前の猫好きが年々知れ渡ってるせいで年中猫ばっかり食ってんのよ俺は…」
「それはすまん」
 相澤が猫の眠るハート型の箱の蓋を閉めると、山田がそれを自分の元に引き寄せ、代わりに自分の元にあった箱を一つ差し出した。山田が食べられないクルミ入りのクランチだ。
 学校でもらったチョコレート類のうち、相澤が食べられないものは山田へ、山田が食べられないものは相澤へ。皆が寝静まったバレンタインデー深夜、教員寮の居間で開く男二人の交換会。
 ラジオ局に届くファンからの膨大なチョコレートについては流石にスタッフ達に配ってしまう山田だが、生徒や身近な学校職員から貰ったチョコレートはできれば大事に頂きたい。食べられない物も外に渡さず俺たち二人の間で消費しちまおう。そんな考えで始まった恒例の会だった。三十歳を超えた男二人が少年の顔を垣間見せるひとときでもある。
「芦戸のチョコ、今年もスゲー色!何使ってんだ?」
「『食べても大丈夫なやつ!全然大丈夫なやつ!』としか答えてくれなかった」
「へー。発目のチョコ、今年は普通じゃん。板チョコか…」
「よく見ろ。裏に『先生にオススメのサポートアイテム』がびっしり書いてある」
 ◇
「今年も差を付けちゃったな!消太クン」
「…。あげやすいキャラだからだろ」
「猫ちゃんチョコばっかもらってる男に言われたくねーっての!」
 高校の頃と変わらないお喋りと甘いチョコ。いくつかを堪能した後、残った華やかな箱たちを閉じて一旦片付けをする。居間に満ちていた甘い匂いが薄らぐと、二月の深夜のつめたい静けさが待ち構えていたように二人の背中を覆った。
 表情から賑やかさを落とした山田が小さく呟く。
「はぁ…媚薬入りのあやしいチョコが食いてぇな」
 毎年いやがってたやつがよく言うよ、と相澤は思ったが、唇はわずかに微笑んだきりで沈黙してしまった。『今年のは効くわよ♡あとでレポートしてね』と満足げに笑う彼女の顔があまりに鮮明に浮かんだから。

 

 

 

二人だけの秘密

 

「そんなに世話を焼くな」

マグカップを受け取った相澤はそう言って唇の片端をかすかに持ち上げた。カフェインレスの珈琲が白々とした無味無臭の病室に彩りを与える

…好きでやってんだからいいでしょ、趣味なの、お前の世話を焼くの。山田がそう返せば、相澤は笑みを少しだけ深くし、もう黙ってマグカップに口をつけた。病室のベッドの上から動けない相澤の代わりに彼の家から着替えや愛用のマグカップを持ってきてやり、行きつけのコーヒーショップで選んだ珈琲を淹れてやる位なんでもないことだ。失くした右足を戻してやれるわけではないのだから、せめてそれくらい。
足を失い、慕っていた先輩を失い、空洞の胸に悲しみを満たしてもそれを表そうともしない相澤の、そばにいてやりたい。山田の望みでもあった。

 

「…ヒーローやれるかな」

静かな珈琲色の湖面。相澤のぽつりとした呟き。普段と違う、頼りなげな柔らかな口調が、高校一年生の頃の彼を彷彿とさせた。高校一年生の頃、まだ白雲が亡くなる前の。
山田が半生付き合って初めて、相澤が弱音を吐くのを聞いた。やれるに決まってるだろ、俺のナンバーワン、イレイザーヘッドはこんなもんじゃ引退しねぇよバカ、と叫びたい欲求が沸き上がる。それを飲み込んだのは、病衣の足先がぺたりと薄っぺらな空気を抱いているから。それに、彼がヒーローを辞められる訳がないのを知っているからだ。
「…そりゃ、まぁ…正直、その足と片目じゃ苦労するだろうな。俺は教員に専念するのもいいと思うぜ? キッズ達に今までの倍の愛のスパルタぶつけてやれば」
「……」
「もし教員も辞めるなら…そーだなァ、給料弾むから俺の秘書でもしない?スケジュール管理も確定申告もマジで大変なのよ。安請け合いした仕事と領収書の山!山!山ァ!も~未処理の書類の山で滑り台出来ちまいそう」
「…お前のワーカホリックの面倒を見るのはごめんだよ」
相澤はなんだかほっとしたような、生気のある柔らかな表情を今日はじめて見せると、マグカップをテーブルに置いてベッドに横たわった。窓から差し込む真昼の日差しを避けるように腕で顔を隠し、眠る姿勢を取る。眠れるならそれがいい。山田が黙って眺めていると、腕の下から、やまだ、と呼びかけられる。

「さっきのは聞かなかったことにしてくれ」
「わかってるよ」

お前がボロボロんなってもヒーロー続けるのは知ってるし、俺も添い遂げるよ。