名前の付けられない衝動の消化吸収について
「すまない」
ニスロクが目を見開いたのでアガレスも驚いて謝った。突然接吻をした、この衝動に説明できる理由はない。だが、わざわざ自分の部屋を訪れ、各地で見つけた珍しい食材、美味しい食材について聞かれてくれた話を遮ってしまったことに気づき、アガレスはもう一度「すまなかった」と繰り返した。
ニスロクはしばし停止していたが、
「…私を食いたいのか?それともヴィータ的な親愛の表現か?」
と心底分からないという顔で尋ねた。
「分からない、すまない」
どちらも正しいかもしれないし、違うような気もした。落ち着きを取り戻したニスロクはアガレスの困惑を射るように見つめていたが、やがてこの問題への関心を失したらしく話を再開した。
「…ふむ、そうだ唇と言えば、…大陸の西の湿地帯に巨大ナマズがいる。知っているか」
「いや、初めて聞いた」
「あの唇は美味い。ぬめりを取ってから外側を炙って中がレアになるよう火を通すと、脂の旨味が凝縮しとろける味になる…辛みのあるソースと合わせると堪えられんぞ」
いつもの調子を取り戻す食事へのなめらかな語り口。
美味について語るニスロクには言葉にできない艶っぽさがある。味わいや匂いを思い浮かべ、とろりとまばたきを遅めるまぶた、睫毛の陰。太く隆々とした首、喉仏が奏でる感じ入った低い声色。三つ編みへ続くたおやかな黒髪の溜まり。
アガレスは重く柔らかな髪の溜まりの下に手を伸ばしていた。
「…アガレス」
怒らせてしまっている、な。
アガレスはそう思いながら、髪溜まりの下に閉じ込められていたなま温かい空気に吸い寄せられる。スパイスの匂いとニスロクが髪をまとめるのに使っている花の香油が混ざった匂いを、すう、と音が立つほど吸い込む。くすぐったかったのか、ニスロクが微かに身じろぎしたのがうなじから伝わった。
「…アガレス。なぜ私の首の後ろに鼻を突っこんでいる」
アガレスはやはりなんと答えていいか分からなかった。
「きさまが…。…貴様が、…話を聞きたいというから来たのだぞ。飽きたのなら寝ろ」
ヴィータは夜は寝るものだろう、と言い捨ててニスロクが立ち上がりかける。彼は本当にそのまま厨房に向かっていつものように夜通しの料理に向かうつもりなのだろう。アガレスは彼の腕を捉える。
「飽きてなどいない。すまない。話を遮るつもりはない、オマエの話を聞いていたい…」
「…ならば一体何が望みなのだ。言え」
「分からないが…いや。もしよければもう少し居てほしい」
ニスロクはしばし黙っていた。眉を不可解そうに寄せた表情は険しい。だが、「分からん男だ…」と呟いて、また静かな口調で話を再開させた。今度は首肉の美味い辺境の鳥の話だ。
アガレスは堪らず口角をゆるく持ち上げる。ニスロクが立ち上がりかけた弾みで先程から手が触れているが、それについては不問にするらしい。話の邪魔をするつもりでないならば構わん、という彼の態度を嬉しく感じるのはいけないことだろうか?
おねだり
※リジェネコルソン実装記念
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