悪には華がなくっちゃな?(マイ相既刊)サンプル

hrakマイ相

「NEGRO MANIA」霧雨JACKさん にお表紙を頂戴しました!

純愛のポリセク本とはまた違ったタイプのクソデカ感情を持った二人を書きたくなり、2019年5月に発行した敵マイク&オメガバース本「悪には華がなくっちゃな?」。作中のマイクはJACKさんのド格好いいマイクを沢山沢山モデルにさせて頂いています。もともと相澤推しの私がマイクに沼ったのはJACKさんの格好良く美しいマイクのおかげで、そんなじゃくマちゃんをイメージしたコラボ本を出せてすごく楽しかった思い出…。話の構築に苦労しましたがお読みいただいた方から熱いお言葉頂けて嬉しかった😊

 

 

 

 

相澤消太35歳、今年は担任を外れた。

「ふはっ、まーだスネてんの?」
酒で潤んだ碧の瞳が、飴玉のような甘さを含んで相澤を見つめた。ここは二人の定期飲み会の会場であるマイクの家だ。テーブルに顔を突っ伏した相澤は中身のなくなった缶ビールの横で下唇をむうと突き出す。
「スネてない。職務命令に不満なんて持つかよ、ほっとけ」
「不満一杯の顔でよく言うぜ…一年よく休めってことだろ?甘んじればいいじゃん」

年明けのすぐの今日、校長は職員会議で四月からの各職員の担当業務について発表した。彼のほがらかな声を聞きながら相澤は回ってきた担務表をじっと凝視し、首を倒してもう一度近くで眺め回した。最近視力が少し落ちたのでその可能性に賭けたのだ。しかしどれほど近づいても見えた文字は変わらず、相澤は自分がクラス担任から外れるのだということを認識したのだった。

『後進を育てるってことさ!』
『働き詰めの相澤くんにも少し休んでもらおうかとね』

会議の後で根津にかけられた言葉だ。確かに、二十代前半に雄英に招かれた相澤は教師としても中堅からベテランの域に差し掛かっており、年若い後輩教員達も入ってきていた。副担任だった彼らもそろそろ担任を受け持つべき時期だ。それに根津の言葉通り相澤は雄英に来て以降ずっと担任を受け持っていた。
自分自身ではそれを苦と思っていないので他人から勝手に『働き詰め』と表現され、休みを押しつけられるのは腑に落ちないが。
「キュートな下唇」
相澤のクセをからかうマイクは4本の缶ビールを開け目をとろつかせているが、どこか嬉しそうだ。ラジオDJと兼業するマイクは今まで副担任か教科担任しか受け持ったことがなく、相澤をワーカホリックと揶揄する一派の一人だった。
「今年も担任やりたかったなあ? 消ちゃん」
真広いリビングにけらけらと響く笑い声に相澤は舌打ちする。
「どうせお前は『これでいつでも飲みに行ける』としか思ってないだろ」
「いーや、これでいつでも男二人で旅行に行けるーHoo! とも思ってるぜ」
「……」
「お前と旅行行ったのなんて中学と高校の修学旅行くらいじゃん。あ、アルバム見ようぜ!」
マイクは勝手に盛り上がり、腰を上げた。落胆しているときに一緒に落胆しても酒がウマくなくなるだけ。明るく笑い飛ばすのはマイクなりの気遣いなのだと相澤も分かってはいたが、今はまだ拗ねていたい気持ちだった。

アルバムを片手に思い出話をいくつか交わし、深夜をとうに越えた頃。男達はリビングのテーブルからソファに場を移し、隣り合ってまだしつこく酒を飲んでいた。相澤はふと眠気を覚え、壁の時計が零時を大きく回っていることを確認すると、手の中の空き缶を握りつぶしてコンビニの袋に突っ込む。隣でオチのない話を甘えるようにグズグズと続けていた男は笑いを収め、碧の目を向けた。
「帰んの?」
「ん。もういい時間だろ」
「イェアいい時間…つまりまだダラダラしてたっていい時間ってことよ。明日日曜でしょ? なにかご予定でも?」
相澤はそう言われ、ソファの肘掛けにかけられた自分の上着に伸ばしかけた手を止める。別に用事があるわけではない。二日酔いで貴重な休日一日を無駄にするのは御免だとは思っていたが。マイクは胡散臭い泣き顔を作って相澤の腕を引く。
「こんないい気分で酔ってるのに急に一人で放り出されたら寂しくて泣くって。泊まってけよ」
「お前が泣こうが喚こうが別に…」
「消太、俺はこっちな」
先ほどからあさっての方向を見て喋っている相澤にマイクは突っ込む。深酔いしているのは果たしてどちらか。マイクは相澤の肩を掴んでソファの上に半ば強引に座り直させると、脅かすように声を低めて囁いた。
「それに最近『ヒーロー殺し』が出るしよ。深夜のヒーローの一人歩きは物騒だぜ」
『ヒーロー殺し』――。以前ステインが跋扈していた時によく聞いた言葉が、最近再び世間を騒がせていた。犯行はいつも今頃、丑三つ時。ひとりで行動しているヒーローを襲い、何かの見せしめのように首を狩り取っていく――サスペンスじみた正体不明、目的不明の猟奇殺人犯だ。ステインこと赤黒血染は現在も収監されており、他の人物、つまりステインの熱烈なフォロワーではないか、という噂もあった。
警察はこの2ヶ月捜査の手を尽くしているが、その隙を突くように出没エリアを違え、散発的に犯行が繰り返されている。
「俺みたいな地味なヒーローは狙わないだろ…人気のある奴を好んで狙ってる」
ヒーロー殺しはヒーロービルボードチャートの20位より上にいる人気の高いヒーロー3人を手にかけていた。未だ犯行声明が無いため真意は不明だが、注目を集めようとしているのか対象は厳密に選んでいるらしい。
「イカれた奴は自分の欲求を満たせればいいんだ、大したセオリーなんかねーよ…お前がたまたま通りがかれば殺されちまうぜ? 間違いなく」
マイクはそう言いながら手つかずだったビールを一缶開け、相澤に握らせる。
「協会の方じゃ上位のヒーローに護衛をつけるかって話も出てる。ヒーローがガードマンと一緒なんて格好つかねー話だが…何にせよお前も不用意に一人歩きしない方がいいぜ」
相澤は黙り込んで受け取ったビールに口をつける。脳裏に、自分の過去の教え子の顔がよぎった。緑谷出久、爆豪勝己、轟焦凍…若手ながら今年トップ10入りした彼らはオールマイトが引退した世の新しい希望として人気を集めている。胸に僅かに踊った不安の陰を相澤は麦酒のほろ苦さで押し流す。
「俺に言うならマイク。お前も気をつけろよ」
マイクは広範囲に影響を及ぼしてしまうヴォイスという個性上、ヒーローとしての出動回数はあまり多くない。それでもラジオDJとして人気と知名度があり、今年も13位と上位を維持した。酔ってはいるが真剣味を帯びた相澤の低音に、マイクはへっへと笑った。少し嬉しそうに。
「心配センキュ…けど俺がピンチの時はお前が助けに来てくれるんだろ? マイヒーロー」
「ヒーローなら自分の身くらい自分で守れ」
「シヴィー! 力の限り大絶叫するから電線走って跳んで来てよダーリン」
「アホ。酔いが醒めるから妙な呼び方はよせ」

◇ ◇

窓から差し込んだ日の光が柔らかに頬を撫でる。心地よい朝の気配に意識を浮上させた相澤の鼻先を、甘い匂いがくすぐった。よく知っている、嗅ぎ慣れたマイクの香水の匂い…今までこれほど強く感じたことはなかった。
「!」
目玉がこぼれ落ちるところだった。驚愕に目を一杯に開いた相澤の鼻先に、昨晩酒を共にした同僚兼友人のマイクが眠っていた。それも裸で。おそるおそる視線を下に向けると、自分も裸だった。そっと手を股に伸ばせば、幸いにも下着は履いている。
(セーフ…)
しかしたった布一枚だ。身につけていたからといって『良かった』と万歳できる状況ではない。
「グッモーニン…」
寝起きの少し鼻にかかった声。マイクは瞠目する相澤に反し、穏やかな表情で目を覚ました。
「何がどうなってる」
「ナニって…ナニだろ。やだァ消太くん忘れちゃったの?」
「ふざけてるんじゃない。はよ状況を説明しろ」
相澤は重い頭を掻きむしりながら苛々と尋ねる。深酔いして記憶をなくす、というのはマイクとの飲み会では珍しくないが、互いに裸でベッドインしていたのは初めてだった。
「いつだっけ…三時回った頃にお前が『眠い、もう寝る』って言うから、じゃあ着替え出すなって言って先に寝室に行かせたの。で、着替え持ってったらお前酔っ払ってるからもう脱いでて…」
さらに下着一枚の相澤は『お前なんでプールで服着てるんだ?』と意味不明なことを言い、マイクの服まで脱がせ始め、自分と同じ下着一枚にしたところで抱き込むと満足して寝入ったということだった。
「ったくよ~。お前があんなに泥酔したの久しぶりに見たぜ…」
担任外れたのが応えたのかネ、と歯を見せて笑うマイクに相澤は俯いて口ごもる。穴があったら入りたい…久しぶりにそんな悔恨の念に襲われ、羞恥のあまり無表情でマイクをベッドから落としブランケットに丸まった。

「折角だし朝飯も食ってけよ。共演者に差し入れで貰った美味いホテルブレッドがあるから」
トーストすると外さっくさくで中モチモチ、小麦の甘みがじわ~って…と、頼んでもいないのに繰り広げられたマイクの食レポに釣られ、相澤は焼きたてのトーストとスクランブルエッグ、珈琲を平らげ、諸々の感謝と罪滅ぼしの為に皿を洗って上着を羽織う。リビング端の薄いカーテンからはまばゆい光が差し込み、フローリングを照らしていた。

「気ィつけてな」
「ん」
マイクの言う『気をつけて』は昨日話題に上ったヒーロー殺しを意識してだろうか。相澤はぼんやりと思いながら玄関へ向かった。深酔いはしたが、ここに訪れた時より廊下を歩く足取りは軽かった。
今日は日曜だ。靴を履きドアを開けると、冷気の予感が実感に変わる。空は晴天だが、一月の今日はまだ酷く冷える。コンビニで総菜でも買って猫の動画を見ながら一日籠もるか…そう思った相澤の耳を、サイレンがつんざいた。救急車とパトカーの混ざり合った不協和音だった。

猟奇殺人は巷を騒がせる。誰もが沈鬱な面持ちを浮かべて犠牲者を悼み、しばらく時間が経てばさざめくように犯人像についてのゴシップを口にする。月曜朝の雄英職員室も例外ではなかった。
「やはり脱獄したAFOが裏にいるだろう」
「あら、でもステインの出没ルートをなぞってるなんて説もあるわよ」
ヒーローの活躍や事件を中心に扱う日刊紙『ヒーロー日報』を片手に職員室でかわされるスナイプとミッドナイトのやりとり。相澤はSHRの準備を終えると席から立ちあがり、スナイプが手に持つカラー刷りのタブロイド紙を覗き込んだ。
「あら相澤くん…やっぱり教え子が心配?」
「それもありますが…」
相澤の珍しい行動にミッドナイトが気遣わしげな視線を送る。相澤はスナイプが渡してくれたタブロイド紙の一面に目を通した。
☆『ヒーロー殺し』、4人目の犠牲者――閑静な住宅街、目撃者なし――
土曜深夜に行われた第4の犯行、犠牲者はチャート19位のヒーロー。記事はその後今まで被害にあった8位、9位、そして今回の19位のヒーローの共通点をもっともらしく指摘し、犯人の動機について勝手な推論を述べていた。相澤はマスコミがでっち上げるサスペンス劇には一切興味が無いが、犯行現場には無関心でいられなかった。マイクの家のすぐそば。昨日の朝、マイクの家を出て聞いた救急車とパトカーのサイレンは犠牲になったヒーローの元へ向かう為のものだったのだ。
「土曜の夜この近く…マイクの家で飲んでたので」
「ああ、マイクのマンション確かその辺りだったわね。相澤くんも危なかったのね…」
確かに、もしマイクがしつこく自分を引き留めなかったら夜更けにヒーロー殺しと遭遇していたのかもしれない。だからと言って『良かった』などとは到底思えないが。
19位の彼は仕事で何度かチームを組んだ仲だった。相澤は記事の始まりに写る彼の笑顔をそっと折りたたんでスナイプに返そうとした。

「そういえば次のページにマイクが載ってるわよ」
「え」
先ほどの気遣わしげな表情とは打って変わり、ルージュの唇にあやしい笑みを乗せたミッドナイトは相澤の手の中のタブロイドを勝手に捲った。
☆プレゼント・マイク、ついに本命現る――ホテルで一般女性と密会――
見出しだけで読む気の失せる記事だった。マイクはたまにモデルや女優との密会を報じられ、そのたびに相澤は小言を言っていたが、ラブホテルというのは初めてだった。これはあまりに露骨過ぎる。
「あのバカ…教師としての立場をわきまえろと言ってるのに」
「わきまえてるんじゃないのー?だから大和市なんて遠出までしてお忍びデートなんでしょ。でも撮られちゃおしまいよねー、脇が甘いわ」
ンフフ、とミッドナイトが艶っぽく笑う。恐らくマイクよりも彼女の方が世間に披露できないあれこれをしている筈なのだが、メディアの餌食になることはない。彼女の夜遊びが巧みなのか、ゴシップ記者もおののき遠慮するような中身だからなのか分からないが。

「グッモーニン~」
職員室のドアが開き、渦中の男が入って来る。相澤にとっては1日ぶり、不本意にも昨日の朝目覚めと共にベッドの中で嗅いだ香水の匂いが微かに香った。
「マイク、また撮られてるじゃない」
「ハァン?…ウップスまじか」
マイクはホテルの入り口に自分と女性が吸い込まれていく写真を眺め、ゥワ最悪…と肩を落とした。
「違うんですって、これΩの女性がヒート暴走させてたから介抱しただけで!」
「へぇ、『介抱』ねえ…」
「なんスかその目は」
「『介抱』な…」
「イレイザーまで!?二十年一緒にいた俺を信用できねーのかよ」
「二十年一緒にいたがお前の弁護をできる材料がないから言ったんだ」
シヴィー!とマイクの絶叫が上がる。いつもの日常風景にスナイプがふっと笑い、自分の席でマイペースに銃を磨き始めた。
「朝から元気ですね…」
ミッドナイトとマイクが言葉を交わす間にそろりと入り自分の席に座る一人の若人。職員室隅でコピーを取り終えた新任の心操が机の上で書類の隅をトンと揃え、会話に加わった。
「そういえば今日の二限でΩの緊急介助について教えますよ」
「あら、じゃあマイクに体験談話してもらえば?生徒の前で喋れる話か分からないけど♡」
「俺が保護者に怒られます」
心操は去年の春から雄英で教師として務めていた。個性を使い警察への捜査協力をメインにヒーロー活動する傍ら、雄英で一年生向けの介助学と警察との連携方法について教えている。教員になってまだ一年だが、恩師である相澤のDNAを受け継いでいるのか、あるいは彼なりの敬愛の裏返しなのか、大先輩であるはずのマイクが弄られる折にはあまりためらわず加わっていた。
「心操クン…お前に捕縛布を教えたのはイレイザーだがトークスキルを鍛えたのは俺だぜ?敬意の偏りがあり過ぎねーか?」
「鍛えたって、放課後呼び出されてマイク先生のお喋りをひたすら聞いてただけでしたが…『教材だ』って5年分のラジオの音源渡されたり…」
「こいつに期待してもそうなる」
「イレイザー!!」
賑やかな応酬を始業のチャイムが中断させ、各自教材を持って職員室を早足で出て行った。

◇ ◇
飴色のタレが絡んだ豚の生姜焼きが淡緑のキャベツの千切りとともに相澤の口に運ばれる。変わらない無精髭の散った顎と頬が数度動き、血色がいいとは言えない青白い喉を滑り落ちていく。ランチラッシュ特製の豚の生姜焼きは心操の在学中からある人気メニューで過去に数度テレビに取り上げられたほどだが、相澤の表情に変化はない。味のしない草でも食べているかのようだ。これで心の中では美味いと思ってるんだろうなあ、と向かいの心操は思いながら自分のさば味噌を箸で摘んだ。
「変わりましたね」
「何が」
「あなたが昼にちゃんと飯を食っている」
相澤は少し眠たそうな顔をした。なんだそんなことか、と思ったのだろう。心操の話はどんなことでも真摯に聞いてくれるが、自分のことには関心がないのだ。距離が近づいても聞かれない限りあまり自分のことを話さない彼のせいで普段お喋りではない心操も自然と多弁になる。
「三十五にもなると人並みの生活をしないと人並みの活動ができなくなる。それだけだ」
相澤は最近昼食をとることにした理由についてそう答えると、今日の授業どうだった?と話題を変えた。いつも通りの流れに心操は気取られぬよう小さく笑い、従う。
「…実生活でΩに会ったことがないって子が結構いて驚きましたね」
Ωの緊急介助についての授業冒頭。前列の生徒達の話を聞いて驚いた。日本の人口のうちαが1割、βが7割、Ωが2割を占めており、Ω性は一定数いるというのに。
「雄英ヒーロー科は子供の頃からエリート校で育ってる子が多いからな…」
昼の食堂の喧噪の中だが相澤は声を潜めて言った。身体能力や学力は一般的にαが高く、β、Ωと続く。努力によってαを超えるΩも中にはいるが希で、αとΩには脳の働きに明確な優劣があることが過去の様々な調査で明らかになっていた。αはエリート、βは凡人、Ωは落ちこぼれ。誰もが知りながら口にしないその現実の上で社会は動いていた。
雄英ヒーロー科の生徒にもΩはいない。全校を見ても普通科に数人いるのみだ。入学試験で差別をしている訳ではないが、βやΩよりも能力が優れる傾向にあるαが結果としてこの最難関校の合格者の大半を占めていた。
その中で相澤と心操は雄英ヒーロー科が輩出した数少ないβのヒーローだった。
「職員室もαばかりですからね…ビルボードチャートの上位だってそうだし」
「まあ…昔はそれでヒーロー協会にも火炎瓶投げ込まれたりしたらしいがな」
相澤が生まれる以前。αが高給なエリート層を占め、Ωが低所得にとどまる社会に「Ω差別解放戦線」「Ω復権同盟」など物々しい名前の団体や活動家が怒号をあげていた。
しかし今ではそれも歴史の教科書の一ページだ。Ω差別をなくすための教育が徹底され、Ωの社会参加を難しくしていた性的欲求の爆発「発情(ヒート)」も国が無償提供する抑制剤で完全に抑えられるようになった。超常社会の到来でαの象徴とも言えるヒーローの人気が高まり、αがΩを助ける、という構図を多くの人が抵抗感無く受け入れるようにもなった。

「そうそう、ヒーロー殺しが『Ω差別解放戦線』の生き残りだ、なんて説もありますね」
αの象徴とも言えるヒーローを狙って…、と心操は切り出す。Ω差別解放戦線の頭領、通称『首狩り義太郎』は夜闇に紛れて当時発足したてだったヒーロー協会の幹部や政府関係者の首をいくつも攫ったことで歴史に名を刻んでいた。彼は捕まらず消息不明になっており、今回の『ヒーロー殺し』に関係しているのではないかといくつかのメディアが指摘していた。
「単なるゴシップだろ」
「確かに元はゴシップです。が、警察も一応その可能性は探ってる」
相澤は気怠げな表情で首を傾げ、プラスチックカップに入った緑茶を飲む。
「それが事実なら百歳をゆうに超えるじいさんだぞ。現役のトップヒーロー達に勝てるとは思えないな…それに、Ωの平均寿命はαやβより短い」
生きているとは思えない。
暗に言って、相澤は綺麗に平らげた皿の前に箸を置いた。食堂の壁掛け時計は昼休み終了のチャイムが鳴るまであと十分であることを告げていた。心操も師に従って箸を揃えてトレイに置く。
すると、しんそう、と低い静かな声で呼ばれた。耳がヒリと過去の記憶を呼び起こす。これは、相澤が自分を叱る時の声だ。
「捜査情報を安易に俺に漏らすんじゃない」
真っすぐ自分を見つめる目。心操は自らの失態に気づき頭を垂れた。それで話は済んだらしく、行くか、と盆を持って立ちあがった彼に続く。黒いヒーローコスチュームに包まれた猫背は学生時代に見ていたのと変わらない。
(…俺はまだ、あなたの前では高校生のままだな)

生徒や保護者には若い割に落ち着いた先生だと見なされているようだが、相澤の前ではこうして不用意なお喋りをしてしまうことがある。
気を引きたい。いつも怜悧な眼差しが、自分だけをじっと見つめるのがうれしい――それを弟子ゆえの思慕に過ぎない、と言い切ってしまっていいのかどうか。心操は自分の内に宿る感情に名前を付けず、忍ばせていた。忍ばせざるを得なかった、という方が正しいのかもしれない。

相澤は雄英在学中様々な指導をしてくれたが、『他のヒーローの良いところを学んだほうがいい』と言って卒業後心操をサイドキックにしてくれることはなかった。
(先生らしいけど)
ショックじゃなかったと言えば嘘になる。だが相澤の言葉通り、他のヒーローのサイドキックとして仕事をこなしているうちに警察との協力が増え、ヒーローでは珍しい非常勤の特別職員に迎えられた。

「どうした、ぼーっとして。眠いのか?」
「いえ」
気遣わしげに振り返った師に駆け寄る。あなたよりは寝てますよ、と思いながら。
相澤は去年の春に心操が雄英に来てからほぼ毎日のように昼食を共にしてくれた。彼は決してそう口にしないが、心操が教職に慣れるまでメンターであろうとしてくれているのだろう。心操はそのことにほの温かい感謝の気持ちを抱くと同時に、一抹の寂しさを感じていた。