「ついてねーよな…」
眼前に広がる海の向こうでゆっくりと昇る朝日の眩しさを浴びながら、マイクが深いため息をついた。
ここは予約した高級ホテルのテラスではなく、高速道を下りた一般道沿いにある砂浜だった。うな垂れるマイクの隣で、消太も車に背を預け腕を組んで眩しげに朝日を眺めていた。
名探偵がよく殺人現場に出くわすように、ヒーローもまたよくヴィランに出くわすものだ。
高速道をよたよたと走っていた、重い荷物――たとえば金塊――を積んでいそうな黒のワゴン車。ナンバープレートが付いていないことにも、運転席と助手席に座る男が怪しい覆面を被っていることにも一切気づかぬフリをして、マイクは愛車を飛ばし追い抜かそうとした…ところで、隣から容赦のないグーが飛んできた。
結局、マイクがヴォイスでワゴン車のフロントガラスを破壊しスピンアウトで停車させ、消太が捕縛布で飛び出してきたヴィラン4人組をつかまえ貴金属店荒らしの捕り物は見事終了した。
しかし地元の県警を待ち事情聴取で1時間。やっと解放され、高速道から片側1車線の一般道に下りたところで『5時~7時 早朝道路工事につき通行止め』との無情な看板にぶつかったのだった。
「ハア~何もかも予定通りにいかねぇ…」
回り道をするよりは通行止めが7時に解けるのを待った方が早いと判断した2人は、細い脇道から20メートルほど下った砂浜に車を停めた。ホテルでの日の出には間に合わないのでせめてここで、というマイクの泣く泣くの妥協案だ。周囲を崖に囲まれた端切れのような小さな砂浜は静かだった。寝不足の目に健やかな朝日がただただまぶしい。
「格好つかねーな…」
「…。つかねぇも何もお前のこと格好いいと思ったことはないから安心しろ」
「ワッツ!?マジでーーー!?」
絶叫するマイクを、抹消個性ではなくチョップで黙らせる。
「今更カッコいいとかどうとか、そんなモンいらないだろこの腐れ縁に…」
「ノーウェイ!好きな子にはカッコいいって思っててほしいのが男だろ?それが無精ひげ生え散らかした三十路の中年男であってもーッッ!!」
力説するマイクに、消太は髭の散った顎をサリサリと指で掻きながら考えるふりをする。
「…そうだな、高校のとき俺に渡してきたヘタクソなラブソングは確かにカッコよかった…」
「ダミッ!いつまで歯噛むんだよその話ィー!!やめてやめて」
口元がニヤニヤとし始めたのを意地悪の予兆だと気づいたマイクが必死で制止するが、消太の口はいつにも増して軽やかに動いた。15年もあれば思い出せることは山ほどある。
「24の時ローンで買ったランボルギーニで事故って修理費が払えないって俺に泣き付いてきたこともあったな」
「ちゃんと返したろ!?利子として猫カフェで豪華接待したジャン~~!!つーか泣き付いてないから!床に頭擦り付けて土下座しただけだろ!!」
「それを泣き付いたっつうんだろ。…泣いたといえば19の時…」
騒いでいたマイクが急に静かになり、青白い消太の頬にちゅ、となだめるような口付けをした。
「消太さん…その話やめません?」
「時間があるから少し昔話をしてるだけだ。あの院長には2度も怒られたな…22の時は派手に喧嘩して、」
今度は苦々しげに唇の片端を持ち上げ、マイクが無言で消太に口付ける。口を塞ぐように、少し手荒に。
「終わった昔のことより、先の楽しい話をしよーぜ?」
離れた唇の隙間で呟き、マイクがもう一度口付けを繰り返す。黙らせ、丸め込むように。丸込みついでに過去の”恥”を消し去ってしまいたい、そんな態度だった。
消太はマイクの喉をわし掴むと顔を引き離し、今度は自分から口付けた。噛み付くように。
深くぬるりと差し込まれた温度の低い舌、呼吸を飲み込もうとする貪欲さに、マイクは鼻先でふと笑った。
「なに、」
どうしてそんなベッドの中でするような、粘膜の熱いとろみを感じさせるようなキスを今ここでするのか、と問いたげだった。こんな、まばゆい朝日の下で。
消太は質問に答えず、唇にかぶりついて目障りな苦笑をかき消した。後ろ手で助手席のドアを開け、問答無用でマイクを押し込む。消太は自らも乗り込み、座ったマイクの脚の間に片膝を付いて身を落ち着けるとドアを閉めた。一人用の狭いスペースに四本ずつの手足が窮屈に収まる。
「男2人が仲良く入るトコじゃないデショ…」
呆れたように呟くマイクに答えず、自分より少し大きい、よく動く唇を吸い、並びのいい歯を舌でなぞる。口を離せども顔が近く、視線をぶつけ合わせたままの呼吸の熱が互いの顔を撫でた。
「どうしたよ?ショータ」
問いかけに答えず消太はマイクのベルトを抜く。どうしたと言われても胸の奥で疼く不快さについて説明できることなどなかったからだ。
「言いたくないの?」
軽くため息を吐き、マイクの手が消太の黒衣のファスナーを腹まで下ろす。中に手を入れてインナーにしている黒いTシャツの裾を捲り上げれば、日に焼けない生白い胸が露になった。わき腹の上部に広がる青黒いあざを見ながら、どこが軽い打撲よ、とマイクは小さく突っ込んだが、それ以上の追及はしなかった。
血色のよくない小さな粒に顔を近づければ、息が当たるだけで消太の体が微かに揺れる。舌先で尖りに触れ、唇で吸い上げ、色づいた輪に歯を立てると、マイクの頭上に微かな吐息が落ちた。
しかしまだ消太が本気なのか図りかねていたマイクはすぐに平静に戻れるよう、軽い愛撫で済ませていた。ティーンでもあるまいし、セックスをするならホテルでゆっくりしたい、という本音。そして相澤消太がカーセックスをしたがるという現実は、あまりに非現実的だった。もっと若いころに一度誘ったが頑として応じなかった男だ。
「ローションよこせ」
「マジで言ってんの?????」
杞憂を木っ端みじんに打ち砕かれ、声が裏返ってしまう。しかし消太の有無を言わせぬ態度に押され、マイクは渋々座席後ろの小さなスペースに手を伸ばしてスーツケースを開け見慣れた海外製の小瓶を取り出す。そのまま中身を手のひらにあけようとしたマイクの手から、消太はするりとそれを奪った。
「…自分でやる」
その言葉に目を見開くマイクの目の前で、さらに驚きに拍車をかけるように消太が自分のヒーローコスチュームを脱ぎにかかる。マイクが『野暮のカタマリ』と評する消太のそれは上下が繋がっており、確かに脱がないことにはセックスなど到底できない。しかし車内とは言えこの白日の下、マイクはほぼ着衣を乱さないのに一人下着だけの姿になるのはあまりにも。
「消太クン、どエッチ…っていうかど変態」
「うるさい」
消太はそう言い捨て、分厚い布地から筋肉がかっちりとついた白い腿を抜く。ついに狭いなか苦闘しながら脱ぎ去ったコスチュームは隣の運転席に投げ捨てた。黒いTシャツのインナーとボクサーパンツだけになった姿にマイクは眉を下げ、伸ばした手でそっと暖房のスイッチを引き上げた。
「…っ……、…」
透明なジェルは、窓から差し込む透き通った日差しを通し消太の手のひらを照らした。外気で冷えた指にそれよりさらに冷たい液体を絡ませ、膝立ちで開いた自らの尻の間に滑り込ませる。
静かな車内に響く、ヌチ…と粘性の音。この音の出所が自分であるという事実を頭の外に追いやり、目を伏せ無心で指を動かす。早よ終われ、と眉をひそめながら。自分をじっと見つめてくる視線を気にせずにはいられず、消太は空いている片手でマイクの頬を押しのけ窓に向かせる。
「見なくていい…。お前は自分のモンを扱いて準備しとけ」
「俺はReadyよ」
空いている方の片手をとられ、革のボトムスを押し上げる盛り上がりに触らされる。マイクがチャックを押し下げ前を寛げると、タイトなボクサーパンツの布地から亀頭が跳ね、頭をもたげた。薄く筋の浮いたそれは先端の色味を濃くし、消太の手の中でトク、と脈打つ。その硬さに先ほどの口淫を思い出したように口の中でじわと唾液が溢れた。消太が喉を鳴らして飲み込もうとした瞬間、油断していた唇に二本の指が触れ、するりと差し込まれる。
「っ…フ、……ヤニくせぇ…よ…、吸ったろ…」
「バレた?会議ストレスで数箱開けちゃった、ゴメン」
シャワー浴びたのに、確かに指は匂い残るよなとマイクは悪びれず認める。けどタバコ部屋で根回しもできたし、早く帰りたがってた中南米の代表からそこで賛同取り付けたわけで、と消太の眼光を前に言い訳をひとつふたつ続けた。
舌の根もとを指で挟んで舌先までぬるりと愛撫する。消太は表情で呆れを示したが、指を押し返すことはしない。むしろ唾液は次から溢れ、口内を甘く湿らせる。舌の表面、裏側を慣れた動きでまさぐる指の肉感を、嫌いになれなかった。
「…ほむ」
「ん?なーに」
「ゴム…ふけろ」
あやふやな発音で先を促す消太に、マイクが後部に手を伸ばし、どこからか真新しいコンドーム1包を取り出す。消太のくちの中を愛撫する指は止めず、正方形の角に歯を立て、薄い包みを器用に割いた。
ピチ、と音を立てて透明な人工皮膜を下ろしながら自らの硬さにマイクは自嘲する。いいぜ、と声をかける間もなく、その上に消太が無言で腰を下ろした。一週間ぶりだがマイクの頭身が馴染んだそこは素直に口を開き、ごぷと音を立て張り出したカリを一気に飲み込み、長い幹を収めていく。
「ん…ァ…即物的だね、ショータ…」
「は…車のなかでヤんのに情緒もクソも、あるか…」
薄い皮膜を挟んで互いの熱がジンと溶け合う感覚に揃って目を閉じ、深いため息をつく。
「ぁ……はぁ…ヤベー…。んー日本に帰ってきたって感じ」
「アホか」
「今日のためにオナ禁を貫いた俺をほめてほしいぜ。消太は?一人でシた?」
どう答えてもいいことにならない問いだ。消太は無視して腰を揺らす。しかしいつものようにマイクの腿の上で揺れれば、案の定頭がルーフにぶつかってしまった。
「狭い」
「そりゃそうだろ、セックスする場所じゃねーもん。…少なくとも180センチ台の男2人が」
まともな指摘に不満げに下唇を突き出すと、消太はモゾモゾと体制を変える。座高を下げるために上背を後ろに反らすと、シートの淵に手をついてそれを支柱に腰を揺らし始めた。
「サッスガ、器用だな。新体操見てるみてー…」
「アホな口を、閉じろ…、」
しかし緩慢な動きしかできない体勢はもどかしく、消太は照れとむずがゆさを押し殺してマイクに抱き着いた。その肩に顎を乗せ、両膝を折り曲げて背を丸め腰を小さく揺らす。マイクはにんまりと笑みながら腰の後ろに片手を回し、支えてやる。窮屈な、激しく動けない体位で消太が必死に快感を追っているのが分かった。
は…、は、と漏れる息が肩にかかり、首筋を撫でる。ひどくもどかしそうな様子に、マイクは2人のすき間のあいだで反り返っている消太のそれに触れた。先走りで湿ったうす紫のぷるりと丸い先端。柔らかな皮膚を指の腹で弄ってやると消太がクッと息を詰める。そのまま腰の動きを止めてしまった消太は後ろよりも性器に与えられる直接的な刺激に囚われてしまったようで、無意識に愛撫の続きを待ち望んでいた。
「動いて、darling…」
わざと指の動きを止め、俯いたままの消太に囁くと、唇を噛む気配がした。再び動き始めた腰にあわせて性器を扱く動きを早める。指の摩擦にあわせて時折小さな粘性の水音を立てる消太のそれが、硬く、熱を高めてくるのが伝わってくる。マイクはダッシュボードからウェットティッシュを取り出すと、
「イッたら続きはホテルでしようぜ」
この体勢での不自由な動きでは消太は後ろで達することができないだろう、と結論付けて指の動きを早め、射精させてやることに意識を集中させる。消太がイッたら小休止して車を出発させよう。ホテルのベッドで前戯からやり直して、予定通りたっぷり時間をかけて…、そう思い扱くスピードを速めたマイクの手を、消太が掴んで止めた。
「車が汚れるのがいやか」
「…へ?そういうわけじゃねェけど…」
「……」
「なんで?どうしたの?」
耳のすぐそばにあるはずの消太の口から返事はない。
マイクはため息をつくと黙り込んだ恋人の身を片腕で支えたまま、屈んで足元のレバーを引く。ゆっくりと後ろに倒れていく背もたれに合わせ、長い足を組みかえるように体制を反転して消太をシートの上に押し倒した。上質なレザーの上で跳ねる体。手が消太のこめかみを滑り、頭を撫でた。
「どうしたよ?今日の消太変だぜ」
顔を覗きこまれ、消太は目を反らす。
「…疲れてんだろ。お前が気にするようなことじゃない、大丈夫だ」
「人を車に押し込んで跨っといて自己完結はクール過ぎねェか。なんでも喋るのが恋人同士ジャン~我慢はよくないゼ?」
「どっちが。我慢してるのはお前だろ」
売り言葉に買い言葉。無為に甘ったるい文句に思わずカッとなり、余計なことを言ってしまったと消太は気づく。案の定マイクが、俺が我慢?と眉をひそめる。
(しょうもないこと言っちまった…)
恐らくくだらない感傷だ。
マイクが、消太の仕事のスタイルをそれがお前だしと笑って受け止めてくれ、決して口に出さない澱みはおそらくこの青色の車の中で消化してしまっていることへの。病院で大泣きし、激昂したあの日がなかったような顔をしていることへの…淋しさ。
(別にお前の優しさを無碍にしたいわけじゃないのに)
消太はすべてを振り払うようにマイクのジャケットの胸を引っ張り強引に口付けると、下着しかまとっていない足をその腰に絡めた。
「くだらんお喋りはいらねー…。泣かせてくれるんだろ?約束はどうしたダーリン」
挑発に乗って何か言い返してくると思ったが、マイクは何も言わなかった。緑色の目をゆっくりと瞬かせ、子供にするように、そっと黒髪の間に晒された額に口付ける。
消太の胸がキリ、と不可解に軋む。
その瞬間、ドスと体感的に音が聞こえるほど前立腺を強く穿たれ、のけぞった。
「っン゛…!…く、…、っ…、ァ゛ッ」
こんなに激しく中を貫かれるのはいつ以来か。消太の最近の記憶にあるのはもっと生ぬるい、決まった穏やかな時間を過ごすようなセックスだけだった。
歯を食いしばって閉じていた口にマイクの指が伸びた。頑なに対話を拒むことへの意趣返しのように。
下の歯に折り曲げた二本の指が鉤針のようにひっかかり、閉じることができないまま口腔を弄られる。まだ微かに残る煙草の匂いに舌打ちしかけた舌は二本の指に再び捕らわれスリと撫で擦られた。心地いい、微かな甘い痺れにまた唾液が溢れてくる。
マイクのもう片方の手は、前立腺を穿たれる強い刺激にシートを引っ掻いていた消太の手を捕まえ、下に導く。
「自分で根もと握って。…俺だけでイッて」
低い吐息が鼓膜をなぞり、首筋にぞくりと震えが走った。マイクの声に操られるように自ら手を伸ばし、硬く勃起した自身のつけ根を握り、指の輪で精管を塞き止める。血管を浮き立たせた幹がかすかに脈打ち、射精を禁じられた亀頭が苦しげに赤みを増した。
俺だけでイッて、という低い声が鼓膜にこびりついたように耳にはぞわぞわと違和感が残っていた。消太がそれを振り払おうと頭を振りかけたところで長い舌が耳穴にぬるりと入り込んでくる。ひどい不意打ちだ。口の中では二本の長い指が舌の表面と口腔をくちゅと音をたてて弄び、耳に侵入した舌はもっと醜い音を響かせ鼓膜を侵す。
は…、は…、と早まる息、ぞくぞくと背筋を走る震え。シートの上で横たえた顔を口と耳両側から攻められ、這い上がる熱で眼球が溶けたように涙が溢れる。
マイクが腰を引く気配に首の後ろで冷や汗が沸き、心臓が呼吸と同じように早くなる。意思に反して内壁が追いすがり、長く、カリの張ったそれを締め付けるが、抜かれるはずはない。
「っ…ン゛…♡ ぅ、……ンっ…く…っァ゛……ぁ……っ♡…」
続けざまに前立腺を抉られるのは苦しい。快感が強すぎて息が止まりそうになる。
強すぎる刺激では達せないということをマイクは知っていて、わざと、こんな風に。後ろでイクよう言っておきながら意地が悪い。
急所が鋭く押し潰されるたびに溜まった精液が押し出されそうになるが、指で圧迫されたペニスは精子を押し戻し、その不快な感覚に消太は眉を寄せる。
胸を掻き毟りたくなるようなもどかしさに、あたまの中が急速に射精欲求に染まっていく。気づけば無意識のうちに根もとから指を動かし、カリに触れていた。たがの外れたそこは大量のカウパーで溢れ、とろりと指の腹が滑るほど熟れていた。扱けばすぐにでも射精ができてしまうだろう、そう思えば期待に精嚢が疼いた。再び血が通い始めた太い幹は久しぶりの直接的な刺激に息を吸い込むように尿道口を開き、
「消太、前でイッても止めないよ?」
よだれのようなカウパーをトロ…と一筋、むなしく垂らした。腹の下での行動になぜ気づかれたのか、冷淡な囁きに消太の指がピタリと止まる。迷ったが、射精した直後に突かれ続ける苦しさを思い、ぎゅっと自身の根もとを握り直した。
マイクが微笑む気配に、このままこの男の思惑通り乱されるのだと思うと少し悔しく、消太は顔を持ち上げて金髪を鼻先で掻き分け今日はヘッドホンのない耳を唇で食んだ。
「ハッ…、」
マイクが愉悦を含んだ吐息を漏らす。柔らかな耳たぶの上に並ぶピアスホールを舌先でなぞれば、その愛撫に酔ったように下腹部に収まったそれが呼応し、ねっとりと動く。
舌を耳から下へ滑らせながら、マイクの首筋から匂う香水に、消太も酔っていた。危うげな場所へ誘い込むような深い香りに甘さが混ざったそれは、いつのまにか消太の鼻腔に馴染んでしまっていた。首筋と手首から微かに香るそれは肌がふれあうほど近づいた時に感じることができる、消太だけに向けられたものだった。
マイクの肌から離れた舌から唾液が糸を引く。濡れた唇を、今度はマイクが奪った。侵入する長くいやらしい舌に消太は抵抗の気勢をかけらまで失う。擦過を起こす粘膜、ぬらりと生まれる熱。くちの中すべての性感をまさぐり、息の根を止めるように深く口付けられ、消太の意識がゆらいでいく。
マイクの指は力の抜けた顎を滑り、無精ひげを愛おしむように撫でさすっていた。ゆっくりとした腰の動きと口付けで生まれる音が静かな車内を満たす。
「カワイー顔…」
顔を離したマイクが消太を見下ろし、欲で澱んだ瞳でうっとりと呟く。
自分も同じような表情をしているのかもしれない、と思えば少し消太の目に正気が戻る。よく考えれば明るい朝日ですべてが鮮明なのだった。顔を覆いたいが両手ははち切れそうな自身をまだ愚直に握りしめている。
今さら羞恥心が芽生えひっそりと顔を横にそむける消太の下で、マイクが黒いシャツをまくり親指の腹で両胸の突起を弄る。血色の悪かったそこは赤みを帯び、感覚も鋭さを増していた。優しく表面を撫で、押し潰し、軽く爪を引っかける。遊ぶような触り方だがひとつひとつに刺激を拾ってしまい、消太はたまらず、ひ、と鳴いた。マイクが腰を動かすと胸への刺激がより強く感じられ、スリと指で強く擦られ、摘ままれると中が勝手に収縮を繰り返す。
「ぁ、…!………っ、ク…、は…♡ …ぁ゛、あ…、…」
消太の腿がびくびくと勝手に大きくふるえた。なにがおきたのか、認識するよりもはやくマイクを受け入れているそこが渦を巻くように収縮し、脳の裏がわでミルクがぶちまけられたように真っ白な、甘い痺れが広がった。
身体中から力が抜け、マイクの腰に巻きつけていた脚が落ち、かくりと開く。虚脱感に包まれていた。後ろで達したことは何度もあるが、こんな激しい波は久しぶりで、消太は声を出せずに半開きのままの口で必死に息をした。脱力した下半身に反し、警鐘のように脈打つ心臓を包む胸は激しく上下していた。
美術彫刻のように目鼻立ちの整った顔が、柔らかく笑った。横から差し込む朝日に、碧色が透けて綺麗だった。
「”くだらんお喋り”する気になった?」
力の抜けた顎をするりと撫でられ、浮遊する感覚に浸っていた消太は記憶を呼び起こす。頭はスロウに立ち上がり、先程の問答をようやく思い出したが、衝動が和らいだいま、口に出すのは一層億劫になっていた。
「…溜まってた。ただヤりたかっただけだ」
「そおか?さっきのお前、なんか淋しそうな目してたけど」
じぃと目を覗き込まれ、消太は顔を背ける。これ以上喋る気はない、という意思表示だった。先程より一層かたくなった消太の口にマイクは諦めたのか、まぁいいや…と呟く。同時に、腹の中がトク、と不穏な音を立てた。
「…なら、ただ鳴いて」
マイクがまだ達していないのを忘れていた。消太は身をよじり、腰を引いて逃れようとしたが車内は狭い。一瞬結合の解けた体はシートにうつ伏せで押し付けられ、マイクが肉を掻き分けてずぷと押し入る。充血して膨れたしこりをけずるように奥まで突き込まれると喉が反り、意識が白らんだ。
そのまま間断なく二度三度と穿たれるとひとりでに尻が震え、マイクを締め付け達してしまう。声はもう抑えられなかった。一回後ろでイくとそっからスゴいよな消太…、という感嘆に似た、吐息の混ざった呟きが聞こえた。
「はっ、ァ、…ン゛…ふッ…ぁ……あ♡ ぁ♡ また、イ゛ッ…く…ッ」
摩擦される粘膜は媚薬が染み込んだように敏感で、マイクの律動を受け止めては切なく疼き、蕩け、震えていた。シートにこすれる乳首も火がついたように熱く、びりびりと疼く。シートの上は閉じられない口から涎が零れ、後ろを穿たれるたびにペニスと擦れ合う下部でもどろりと汚れてしまっているだろう。
「…売っちまえこの車」
自己嫌悪や恥をグシャリと丸めた結果、消太の口から零れたのはそんな言葉だった。本気な訳ではないが、先ほどの問答への答えの一つでもある。シートを拭ったウェットティッシュをビニール袋に放ったマイクがきょとん、と大きな目を向けた。
「カーセックスは計画的犯行ってこと?」
2700万円の高級車を恥ずかしい汁で汚してやろうという企み。なら大したもんだけどとマイクが笑った。
「消太が無機物に嫉妬するとはネ…いや人に妬かないのはある意味お前らしいというべきか」
「うるさい車は好きじゃないって話をしただけだ。運転手だけで十二分にやかましい」
マイクはへらと笑った。その手は消太の癖っ毛へ分け入り、乱気流のような毛流れに沿って愛おしげに指を通した。日差しを浴びて白金色に透けるまつ毛を穏やかに瞬かせながら、緑の目は過去を映す。
「俺はさあ、カッコいい大人になりたくて。ウダウダ情けないじぶんは捨てて、カッコいいお前と釣り合う、胸張って一緒に歩いていける男になろうって昔決めたのヨ…昔ね」
白い病室、濡れた掛け布団、胸のよれた病院着。二人の脳裏に映るシーンは同じだった。
「それがベストだと思ってたけど、そうでもねェのかな、って」
静かな呟きに、消太はどう言えばいいか分からなかった。スンと鼻が痛む。
「…お前をカッコいいとか思ったことないって言ったろ。そんなこと期待してないんだこっちは」
嘘だ、USJで聞いたヴォイスを忘れたわけじゃない。日差しの下で人々の心を集め、励ましひた走る山田ひざしは15の時から消太の羨望の存在だった。格好などつけなくても、ただありのままで。
「…でも、いつも感謝してる」
そう言って自分の黒髪を透く手を捕まえ、手のひらを合わせて握ると、ふわと人工香の香る手首に軽く口付けた。不器用な口を回すよりはまだこちらの方が気が楽だった。そのまま握り合った二つの手で、照れの走った顔半分を隠すこともできる。ふ、とマイクが微笑んだ気配がした。
「カッコ悪くてもいいならこれからは素直に消太があぶねー仕事に出掛ける時は『行かないで』って足元すがり付いて泣こうかな」
「踏み倒して行く」
「だよネー」
くくっと笑い、同時に丸い額が消太の胸に落ちてくる。黒いコスチュームの下で息付き脈打つ体温をまだ恋しがるようにマイクは鼻先を埋めた。
「誤算だったな~…消太がガキ臭いとこも含めて俺のこと独り占めしたいっての」
ドン!と消太の心臓が尋常でない音を立てる。そのまませわしなく鳴る鼓動は、傍で聞き耳を立てる男に聞こえているに違いない。
「待て。そんなことは言ってないだろ。妄想はよせ」
「そーお?じゃあただの勝手な解釈だから許して。何にも欲しがらねー消太が、俺のことは全部ほしいんだと思うと嬉しくて」
顔を見なくても分かる、抑えられないニヤ付きが声に滲んでいた。
消太はこれ以上のお喋りを封じるため、両腕でマイクの頭を抱き、その顔を自分の胸にギュウと押し付ける。ヘッドロックとも言う。
「しょうた…ちっそくする」
黒衣に押し潰された口でマイクが苦しげに呻いたので、消太は少しだけ腕の力を緩めた。離しはせず、金髪を流す頭を抱いたままでいる。
マイクが黙ってしまえば、車内は世界から切り離されたようにただ静かだった。明るい朝日に目を細める消太の眼前で、見えない時間だけが音もなく流れていく。
「…このままねちまうよ」
「寝とけ」
出発しなくていいのかと言いたげなマイクの呟きにそう答え、回した腕を離さないでいると、沈黙が返った。少ししてから、…たんじょうび、来年もお祝いさせてな、というか細い呟きが聞こえたが、消太が返事をする間もなくスゥと穏やかな寝息に変わった。
長いマイクの足は座席の下でくの字とノの字に曲がり、変な姿勢だ。それでも寝入ってしまうほどに疲れていたのだろう。消太もまぶたが重くなるのに任せて目を閉じる。
朝食に間に合わず、ホテルの広く柔らかなベッドでもない、狭い車のシートでの惰眠。何もかも予定通りではないが、消太はこれで十分だった。起きたら出発すればいい、…できれば何事もなかったような大人の顔で。
カテゴリー別人気記事