(31にもなってカーセックスとか、ねえだろ…)(マイ相)

hrakマイ相

※昔書いたのでマイクの車種が公式とちがうよ

 

 

 

「離婚?」

若手時代から面倒を見てくれた先輩ヒーローは目を見開いた消太に、うん先月ね、と静かに頷いた。
ヴィランのアジト掃討作戦終了後の夜更け。ワシの異形型ヒーローである彼の表情は暗闇のなかで一層読めないが、丸い金色の目はどこか遠くを見ていた。彼の妻もプロヒーローで、消太もよく知っている。花咲くように明るい、きれいな女性だった。ハトの。
2人は子供には恵まれなかったが、結婚してから20年にもなるおしどり夫婦で、事務所に出入りしてきた消太もよく仲睦まじい様子を見かけていた。

なぜ、とたずねた消太に彼はじっと思慮深い目を向けた。この髪と不精ひげを伸ばしっぱなしにした後輩の心が清静で、口が固いことを彼は知っていた。

「…彼女からね、普通の人と付き合いたいって。危ない任務ばかりするあなたの心配をするのはもう疲れたと」
「しかし向こうもヒーローですし…こういう仕事だってことは分かってるはずでは」
「頭ではね。ヒーローでも家では妻で、どんなに強くても一人の女なんだよ。私はそれに気づくのが遅れた」

…やり直せるのでは、と柄にもなく口走ってしまった消太に、ワシは静かに首を振った。

「これは絶対に口外にしないでほしいが、もう決まった人がいたみたいだから。…私も仕事に夢中になり過ぎていたんだろう。彼女は知らない間に心のよりどころを他に見つけていた」

でもまあ彼女にはもっと頼りになる、一緒にいて安心できる人が見つかったなら良かったと考えるべきか。彼は消太の表情を見てから、ことさら明るい調子でそう言った。無私無欲で危険度の高い仕事をこなし続ける、消太の尊敬するヒーローだった。黙り込んだ後輩の肩を軽く叩き、ま、そんなわけだからいつでも飲みに誘ってくれよ、と笑って彼は背を向けた。

 

若手の頃から世話になり、未だに現場でよく会う彼の近況は消太に少なからずショックを与えた。酷使したばかりの目をまばたくことも忘れるほど、思案で詰まった重い頭を落とし、深夜の住宅街を歩く。ふとマイクの顔が思い浮かんだ。
潤んだ大きな碧の瞳の記憶――ヴィランとの戦闘で瀕死の重傷を負った消太が病院で2日ぶりに目を覚ました、19歳の冬の夜。号泣し抱きついてきたまだ若い山田ひざしにつられ、消太もジワリと目を潤ませた(その後病室の窓ガラスが大破し、二人揃って院長に説教された)。

うす赤く腫れた目は一体いつから泣いていたのか。
…今のマイクからすれば考えられないことだが。

 

 

 

「ヘイヘイ、誕生日を迎えた男の後ろ姿とは思えねーな?」

すべてを霧散させるまばゆいライトと、一週間ぶりに聞く、低いのによく響く声。目を細めて振り返れば、見慣れた青のスポーツカーが鈍く艶めく顔面を向けていた。映画「007」でジェームズ・ボンドが愛用していることで知られる英国の老舗メーカー製の高級車。他にも型式のウンチクや、マイクがこの車に一番お気に入りのボンドガールの名前を付けたとか付けないとか、色々と聞かされた記憶がある。左ハンドルの派手な車に自然と馴染む金髪が、今日は重力にしたがって下に流れていた。

「昨日だ。誕生日とやらは」

11月9日午前2時。
助手席に乗り込みながら返した消太に、アイノウ、と返る声は沈んでいた。
計6日間で終わるはずのマイクの海外出張が予想外に1日伸びたのだった。捕まえられなかった11月8日の残像を振り払うようにマイクは消太の頬に唇を寄せ、微動だにせず受け止めるさまに愛おしげに表情を緩めた。

「電話出てくれないからGPSで探したぜ、もう」
「敵が多くて手こずった。ヒーローの数が十分集まらなかったらしい」

平然と答えてから遅れて訪れた眼精疲労に消太が眉間を抑えると、マイクは、ご苦労サン、とため息をつき、サングラスを外した。遠い街頭が差し込むだけの薄暗闇の中で、普段のイメージとは真逆の警戒を含んだ碧の目が、消太が手を当てている脇腹へ向く。反対に消太は窓の外へ視線を逃がした。

「折れてんの?左脇腹」
「…ただの軽い打撲だ。大したもんじゃなングッ」

尋ねたものの、こういうときの恋人の返答を信じる気がないマイクは手を伸ばして消太の脇腹に強く触れてから、オーケー確かに重くはねェな、と一人頷いた。

「激しいプレイは禁物、んであとは予定通り決行だな」
「人を信用しろクソったれ」
「前科忘れたか?ゲストの健康管理も添乗員の仕事なのよ。つうことで楽しい旅行の始まりだぜ!ハリアー!」

マイクはカーステレオのボリュームを上げると、軽快に叫んでアクセルを踏む。ブオン、と大きなエンジン音が鳴り、車がひと気のない街頭を抜けた。
眉をひそめながら消太が後ろを振り向くと、後部座席がない代わりに作られた狭いスペースにマイクのスーツケースが収まっている。ヒーローコスチュームのままであるところを見ると、さきほど帰国し空港からそのまま自分を探しに来たのだろう。しかし消太はといえば手持ちの荷物はマキビシの入ったポーチとダガー、捕縛武器くらいで、とても旅行向きではない。1泊2日の予定が0泊1日に変更になったとはいえ。

「このまま行くのか?着替えも何もないが」
「イェア!今から直で向かえばちょうど海から昇る朝日見ながらテラスで洒落た朝メシ食える時間だ。ダイヤモンド・ブレックファストとかカユい名前付けてるくらいスゲー綺麗なんだってサ♡それに間に合いたい」

相変わらず変なとこで妙にロマンチックな男だな、と思いながら消太は頷く。マイクはそのまま思い出したように今回予約したホテルがいかに魅力的であるかを語り始めた。

テレビ局の友人から教えてもらった、お忍びにピッタリの…、一日3組しか取らない最高級のサービス…、スウェーデンの著名な建築デザイナーが設計し、部屋は全室オーシャンビュー…、自然の採光が美しい部屋から見る朝日が綺麗で…、付属のテラスで食べる朝食は極上の…云々。

マイクが喋るうっとうしいほどの情報量を消太の脳は(よく分からんがいい宿らしい)と一言でまとめた。いつの間にか消太の誕生日祝いの恒例となっているこの旅行は企画者のマイクが一番楽しそうにしているので、消太はそれで満足だった。無論、消太も楽しんでいる。

「部屋着は揃ってるみたいだし…ま、いらねェと思うけど」

前を向く碧の目がうっとりと光を帯びる。想定外の帰国の遅れで旅行の日程は一日縮んでしまったが、その脳裏には純白のシーツに包まれた甘い空間が広がっているようだ。煩悩一色じゃねぇか、と消太は呆れて突っ込んだが、実際は満更でもない。マイクはすでにホテルに連絡し、チェックアウト時間を15時に遅らせる手配をしているらしい。

「…海外帰りでタフなこった」
「これのために死ぬ思いで帰ってきたからな!」

マイクが出張していたのはヒーロー大国アメリカの首都、ワシントンDCだ。毎年開催される国際会議『ヒーローサミット』に校長の代理で出席するため一週間訪米していた。

ヒーローに関する問題を話し合う、世界で最も権威のある重要会議で、日本政府の代表と、日本のヒーロー養成機関を代表する雄英高校の校長には必ず招集がかかる。しかし根津はほぼ毎年『アメリカの水は私のデリケートな毛並みに合わなくてさ!』と朗らかにマイクに出席を押し付けていた。

案外面倒くさがりなネズミは、自分が長々教育論をぶつのは好きだが、世界190カ国もの代表の勝手な演説を延々聞かされるのが嫌らしい。本来性質が同じはずの、つまり聞くより自分が喋りたいマイクもこの代理出席を心底嫌がっていたが、会議がすべて英語で行われるため雄英に他に適した人間もいない。本人も文句を言いつつ結局ソツなくこなして帰ってくるので校長から特に嬉しくもない信頼を得ていた。

「某国が粘らなきゃ予定通り会議が終わって昨日帰って来れたのにさ~ホンット腹たつぜ…」

マイクは苛立たしげに指先でハンドルを叩く。

「争点はなんだったんだ?またヒーローの軍事利用か?」
「今回はAI。ヒーロー活動にAIを搭載したロボットを導入していくべきだ、それを肯定する文章をコミュニケ…つまり共同文書に入れるべきだってシツッこくてさ」

AI=人工知能、は人間の脳と似た学習能力をもち、最近では医療や芸術といったこれまで応用が難しいとされた分野にまで導入が広がっている。しかしAIの開発技術は一部の大国が独占しており、マイクのいう『某国』はその一つ。残念ながら日本は遅れている。

「あの国は莫大な政府予算をかけてAI開発やってるからな…輸出したいんだろ」
「そゆこと。その魂胆がミエミエなんだよな~。んで某国と仲良しの国のいくつかも、『AIには人為的なミスがない。人間より安全で優秀だ』って賛同してさ」

消太は、ふむと頷く。それは一理ある。AIが事前に学習した内容と、被災現場の状況が合致すればの話だが。熟達したヒーローにとっても何が起きるか読めない被災現場やヴィラン襲撃場所は変数が多すぎるように思うが、それに対応するための莫大なデータを使った研究がAI大国で進められていた。確かに、一定程度の対応ならば可能だろう。

「別に俺だってAIの有能さを否定するワケじゃねーサ…うまく使えれば、自分を省みないご立派なヒーロー様が無茶して命を落とす場面も減るだろーよ」

消太は少しだけ自分のことを言われた気がしてちらとマイクの横顔を見たが、その口は淀みなく話を続けていた。

「…けどまだ現場投入は早すぎる。たしかにAIは有能だが、何もかも試験段階にすぎねぇ。世界的なヒーローの意思決定機関としてゴーサインを出せる状況には、ない」
「それに半端なモンを半端なままプロの現場にブチ込まれるとそれに合わせなきゃならねー教育だって混乱するしさ…結果生徒の不利益を生む。だろ?相澤センセー」
「ああ」

マイクの言葉が自然と臓腑に落ち、思わず消太の口元がゆるむ。

「で、お前はなんて発言したんだ?」
「『小さい子供がAIに助けられて安心しますか?温度のない胸に抱かれ、事前にプログラムされた言葉をかけられて笑えますか?』って言った。したら自己中なお偉いじいさん達も流石に黙ったな」

ククと愉しそうに笑うマイクにつられる。らしいな、と消太は思った。広い円形の会議場ですらりと背を伸ばして立ち、普段のキャラに似合わず落ち着いた声を響かせるマイクの姿が容易に浮かんだ。出席者は日本から来た、ヒーローの割に派手な見た目の若造の想定外の言葉に虚を突かれただろう。

(AIか…)

消太は物思いに耽る。
マイクの話はさておき、今は研究段階だとしても、いつか大火に包まれた災害現場へ向かうAIロボットの背中をただ見送るだけの日が来るのだろうか?
あるいはそのAIが、ヴィランの個性を”抹消”するクローン個性を搭載して敵アジトの掃討作戦に参加することも?

(…市民が助かるなら誰が助けてもいい)

自分の手で人を助けたいと固執するのは無意味なことだ。
消太は今日一日の過労からウトと重たくなったまぶたをゆっくり瞬き、頭の隅に生まれかけた”無意味な”雑念を押し流しす。
反するように唇は自然と動いていた。

「いつかまともなAIがヒーロー業に導入されるようになったら、お前と猫とノンビリ暮らせるかもしれないな…それは悪くない」

ぼそりと眠たげな低い声で呟かれた睦言にマイクが眉を上げる。

「…どんくらいの本気度で言ってんの?ソレ」
「言葉のままだ。俺はお前みたいに器用じゃない」

マイクはどう返せばいいかわからないようだった。難しいことは抜きにして、『お前といたい』と暗に言った消太の言葉に嬉しさを滲ませる反面、本心かを探りかねている。

「…子どもの代わりにネコ一匹飼って2人でノンビリ余生か。そりゃ出来たら最高だけど」

マイクの声をぼんやりと聞きながら、消太の脳裏にはだらしないスウェット姿で一匹の黒猫を愛でる男二人の姿がちらついた。悪くない、と消太は重ねて思った。

「…そう言いながらお前は動けなくなるまで働いてんだろうなァ。人がやりたがらない、AIにもできない面倒くせぇ危ねー仕事見つけてさ。ワーカホリック死ぬまで治ラズ」
「ワーカホリックって言うんならお前もだろ」
「そうだけど俺は止まったら死ぬから走ってるタイプ、…自分のためにネ。消太はンー…高潔なドM」
「人をバカみたいに言うな」

マイクはハッハと笑った。

「でも好きだぜ、お前のそーいうトコ」

マイクはそう言うと気まぐれにこの会話を打ち切り、自分がいなかった一週間の消太の食事を尋ね、その代わり映えのない中身に眉を下げて笑っていた。

『お前のそういうとこが嫌いなんだよ、俺は!』。

車に揺られながら、22の頃、今とは正反対のことをマイクに言われたのを消太は思い出した。人払いをした病室で病院着の胸ぐらを掴まれた。消太もギプスでまだ短いトサカ頭を殴打してやったのでそのまま揉みあいになり、病院史に残る大喧嘩になった(やはり2人揃って院長に説教された)。

消太が瀕死になったのは今までで3回あり、はじめて死にかけたのは先に回想した、山田ひざしが大泣きした19の時。2回目はその病室での大喧嘩。3回目は久々にUSJで死にかけた今年。30歳のマイクは目を覚ました消太に『皆無事だぜ?お疲れさんヒーロー』と穏やかに笑った。

消太は生徒の無事を知り、安堵した。同時に、マイクの表情を見て、包帯を巻いた胸の奥で違和感を覚えた。心のどこかに小さな風穴が空いたような、奇妙な感覚。しかしそれがなぜか考えても仕方のないことなので気のせいだと記憶の隅に押しやっていた。

(3回、か……)

消太が年齢の割に死に瀕した回数が多いのは、ヒーローとしての腕がないわけでも、危険な戦い方をしているわけでもない。ただ、召集があればどんな仕事でも断らないだけだった。
ヒーローの多くがメディアのカメラが集まる立てこもりや逃走犯の逮捕など街中での派手な仕事を好む。自分が必ず活躍でき、目立て、頑張りに応じたリターンのある、リスクの少ない仕事を。
しかし消太は選ぶことをせず、イレイザーヘッドに召集があればすべて引き受けていた。必然、集まるのは一筋縄ではいかない、暗渠に飛び込むような案件ばかりになる。マイクが高潔なドM、と揶揄するのはそのためだ。

『使い勝手がいい個性』。良くも悪くも同行したヒーロー仲間にそう思われているのは知っていた。だがそれでミッションの成功率、ヒーロー側の生存率が上がるならどうでも良い。殉死のリスクが高い仕事の仕方だということは、誰に指摘されるまでもなく消太自身よく分かっていた。

…そして、隣でハンドルを握る男は、そんな消太を仕事から引き剥がすために毎年誕生日付近の週末に旅行に連れ出す。ワシントンDCに行く代わりにこの二日は暇を確保できるよう、ボスの白ネズミに確約を取った上で。

病室で大泣きしていた幼げな大きな目の男は、いつの間にかさりげなく消太をいたわり、楽しませる優しいパートナーになっていた。ありがたいが、時々むずがゆくなる。返せない借りが降り積もっていくような気がして。
学生からプロになり、歳を重ね実績を積んで認められるようになるにつれ、昔持っていた青臭い感情の欠片はいくつも心の奥底に眠らせてきた。マイクも、自分もそうだ。消太はくしゃりと頭を掻く。そうだとわかっているのに、なぜ昔山田ひざしが見せた激情のゆくえがこんなにも気になるのか。

(”大人になった”、それだけだろ…)
(…あるいは…どっか他に気をそらしてんのか)

今日聞いた、先輩ヒーローの妻のことがふと胸を過ぎり、高速道路の殺伐とした景色に流れて消えた。
 

◇ ◇
 

車体がスピードを落とし、側道に吸い込まれていく。深夜のサービスエリアに停まる車はわずかで、飲食店の光も一つだけだった。

「ラーメンならやってるみたいだけど」
「…朝メシ豪華なんだろ?」

空っぽの胃を抱えながらも、我慢する、と暗に伝えた消太に、マイクは嬉しそうにイエス!と応じた。代わりというわけではないが、自販機の前に立って革の小銭入れをジャラと鳴らす。まばゆい電子光で照らされたマイクの横顔は眠たげで、疲労の色が濃く浮かんで見えた。見た目と言動から若く見られがちな男だが、今日は年相応に見える。

「何にする?カフェオレ?」
「ブラックでいい。お前が居眠り運転しないよう監視をしなくちゃならねーからな」

すなわち話し相手でいるということだ。決して運転を代わらない男への、せめてもの気遣い。
マイクはその言葉に目元を緩ませ、自販機の口から取り出した缶を消太に渡した。それが結局カフェオレなのは、眠たければ寝て欲しいし、空きっ腹にブラックは毒だぜという意味らしい。

再び2人を乗せた車はサービスエリア端のガソリンスタンドに滑り込む。座っとけと言われた消太が手持ち無沙汰にスマートフォンでニュースをチェックすると、新着は大手貴金属店の地下金庫から金塊1トンが盗まれたという記事だけで、深夜のトピックスの動きは少なかった。貴金属店には申し訳ないが、殺人などの凶悪犯罪がないことは行幸だった。ほっと安堵の息を吐いてしまうのは職業病だろう。

画面を閉じると、久しぶりに乗ったマイクの車をなんとなく見回した。運転席と助手席だけの高級車はシートや肘置きに上質な黒の皮が張られ、ふちをステッチが可愛らしく走っている。高級車には珍しい遊びのあるデザインというやつなのだろうが、車は走ればよいという消太にはその良さはよく分からない。

ただ、コロコロ車を変える傾向のあるマイクが4台目となるこの車を今までの比ではないほど気に入っていることは知っていた。一人で暇なときはよくドライブに行っているらしい。以前は次の車はどれにしようと分厚い車雑誌を楽しそうに眺めていたが、最近そんな姿も見かけない。

給油を終え、戻ってきたマイクが運転席に乗り込む。

「燃費良くないだろこれ。日本車にすりゃいいのに」
「Hmm~燃費の良さを求めてるわけじゃないからなァ。車はカッコ良くて速く走れりゃいいのよ。その意味でいうとこのコは最高♡」
「このコとか、気持ちわりい…」

いつも黙って乗っているだけで、車を変えても大したコメントをよこさない消太が珍しく愛車に関心を示したので(マイクはそう捉えたので)、話す口調は嬉しそうだ。顔に、もっと喋りたい、喋らせて、と書いてある。消太は若干うんざりした気持ちになり、下唇を突き出した。

「…エンジン音が無駄にうるさいんだよこれ」
「オーイェス、デカくて重たいイカした音だろ?快適に作るのが主流の今時の車にしちゃ珍しいくらいアクセルのスプリングもハンドルも重い、すげぇシンドイ」
「何がいいんだ?長距離運転向きの車じゃねえだろ」
「その重たい制御装置を言うこと聞かせて走るのがイイんだって。征服欲が満たされるってヤツ?」

冗談めかしてへらりと笑う声に消太は共感を示さなかったが、マイクは目を輝かせ、最近の車は軽すぎて走ってる実感がないけどこれはある、まさにオトコの車って感じ、これで飛ばすとムカムカしてても全部ブッ飛ぶから最高、云々と語った。確かに、マイクは嫌なことがあるとしばし姿を消し、車のキーを手にカラッと明るい気配に戻って帰ってくることがある。昔は短気な面を感じることがしばしばあったが、今の山田ひざしにそんな印象はない。

「…俺は一台目の方が好きだった」
「中古で買ったジャガーな!静かで走り口がなめらかな”猫足”…最初の旅行はあれで行ったよな。懐かしいぜ~」

遠い昔のことのように言いながらマイクは車をガソリンスタンドから発進させる。確かに10年前のことだが、消太はよく覚えていた。高速に乗らずだらだらと安宿へ向かう車中、眠気覚ましにとマイクから高校の時に贈られたむずがゆい自作のラブソング入りのカセットテープを再生してやったところ当人がハンドル操作を誤り事故になりかけた。真っ赤な顔で怒られたのを覚えている。

目の前にはもはやカセットの挿入口など存在しない、高級感のあるカーステレオ。マイクはそのすぐ下に位置する缶立てに缶コーヒーを収め、カーナビを操作した。画面を見れば目的地まで高速道と海沿いの一般道を走りあと2時間半ほどで到着する予定だった。電子的な女性の声が道路が空いていることを告げる。

「日の出には余裕で間に合いそうだな。道空いてると眠くなるけど」
「寝そうになったら腿でもつねってやる。心配はいらん」
「イヤ心配しかねーよ俺の肉がちぎれちゃう…。…エロいキスの方がいい」

ビンタでも飛んでくるかとマイクは身構えたが、返ってきたのは、キスでいいのか?という意外な言葉だった。

 

 

「っ…サイッ……コー…」

マイクが上擦った声で重たい吐息を落とす。ぢゅぷ、と静かな車内に響く濡れた音。ハンドルを握るマイクの、くつろげた革のボトムスの間に消太が顔を埋めていた。

敏感なカリ首を器用な舌先でなぞれば、ン、と小さく声が漏れる。幹は硬く張り詰め、先端は唾液と先走りでてらてらと光っていた。息を吹きかければひくと震えたそれを、消太は一気に喉奥まで飲み込む。

「ン…ぁ、消太、イきそう……」
「…そうか。続きはホテルでな」

そういって消太があっさりと顔を上げる。限界まで勃起したマイクの息子はそのままだ。

「は………??エッうそ…ここまでして生殺し?」
「運転中に射精なんかしたら集中力が切れるだろうが。目ェ覚めたろ?合理的な眠気覚ましだ」

目が覚めたどころかギンギンである。ミラーごしにニヤと歯を見せてトトロが笑う。
何が引き金を引いたか知らないが、マイクは消太がときどき意地が悪くなるのを忘れていた。二人っきりの時の甘えの一種なのだろうが、臨戦態勢で放り出され、タイトな革のパンツに仕舞うこともできない。こんな情けない姿でしばらく高速を走らねばならないなんて。

「ヘイ…あとで泣くほど抱くからな~~…覚悟しとけよハニィ」
「ああ。もう出ねーってこっちが泣かせてやるよダーリン」

スピードメーターの針が跳ねた。