拗ねる男/こぐま澤(マイ相短編2本)

hrakマイ相

拗ねる男

 22年1月のMAOnAir2記念で侑奈さん(@yuuuna_15)のコスプレ写真のイメージから書かせて頂きました☺

 

夜色の幕の裾を、朝日の明るいオレンジ色が削り取っていく。遠くのビルが作る不揃いな地平線の向こうで、あいまいな2色の空の境が移り変わる様を眺めるのが山田ひざしは好きだった。どこか現実感のない幻想的な時間。やがて空は明るさの面積を広げ、混沌とした人間社会の輪郭をこざっぱりと際立たせる。何の変哲もない地球のルーティーンがそうして毎日、毎朝繰り返されることに安堵する。空気が澄み渡り、闇が明るさに飲まれていくことに。
(このシンプルさに心洗われるんだよな…職業柄かねぇ)
少しずつ眩しさを増してくる太陽に山田が乾いた目を細めた瞬間、後ろからパシャ、と安い電子音。振り返ると、この家にたまに訪れる客人であり恋人である男が立っていた。
「……あら。お寝坊のお前が珍しいね。寒かった?」
平日、寮にいる時の相澤消太の起床は早いが、週末この家にいる時は厳格な教師としての骨組みが丸ごと抜き取られたかのように昼近くまで眠り込んでいるのに。相澤はひざしの問いかけには答えず、無言のまま手に持っていたスマートフォンの画面を見せた。
「現行犯だ」
画面には、朝焼けを背景に紫煙をくゆらせる山田の横顔が写っていた。
「OK I’ll surrender…一本しか吸ってません」
山田は短くなった吸いさしを携帯灰皿に落とし、降参するように軽く両手を上げる。
「たまの週末ここに帰ってきた時に吸ってるだけ。オフのスイッチを入れるためにいつもと違うことしてるっつーか…」
「ふむ。まあ、お前が自分の喉を傷めようが勝手だが…」
気を抜いていた山田の手から蓋の閉まった薄い金属製の携帯灰皿を取り上げ、相澤は軽く振る。壁にぶつかる吸殻の本数の感触を注意深く確かめてから、じろりと山田を見る目。
「吸ったのは一本じゃない。…嘘ついたな」
相澤が断言できるのは、山田の性質上、古い吸殻を貯めておかないであろうことにも確信があるからだ。山田は大げさに項垂れて見せる。
「イレイザーヘッド本気の尋問じゃねぇかそれ…見逃して、オフなんだしさ」
「ああ見逃す。ローストビーフのサンドイッチと交換でな」
「ンァァそれ俺の朝飯!お前のはバゲットサンドがあるだろ」
週末、学校からこの家に来るまでの間に山田のお気に入りのベーカリーに立ち寄って朝食を買うのがいつものルーティーン。良い年の男二人が婦人や奥ゆかしい家族連れに交じって洒落たパンを物色する姿が人目にどう映っているかは定かではないが、山田も相澤もこの時間が好きだった。

煙草についてのやりとりの応酬のあと、山田は「はぁ~…ちょっと早いがお前も起きてんならもう朝食の準備するかね」とキッチンに向かう。ベーカリーのパン、サラダ、固焼きの目玉焼きがいつもの山田が作る休日メニュー。相澤はコーヒー担当なので動き出すにはまだ少し早い。リビングで料理している山田の気ままな鼻歌を聞いてもいいが、まだ眠りを求める体に従って寝室のベッドに戻った。横たわると、カーテンの隙間から差し込む光が目をさす程に眩しくなっていた。相澤はカーテンの隙間を閉じ、そっと自分の携帯をかざす。そこには先ほどベランダで一人煙草を吸っている山田の姿が写っている。静かに遠い空を眺めている横顔は、普段の賑やかさが抜け落ち素の顔立ちの良さを感じさせる。澄んだ色の目を縁取る淡い睫毛の、どこか日本人離れした印象。ワックスで固めていない髪が風に流れる、さらさらとした目を誘う動き。金色の髪が朝焼けの光を柔らかく受け止める様を見ると、ひざしという名前を持つ男は陽の光とよく馴染むのだと妙に腑に落ちる。
山田が早朝、そんな風に一人で過ごしているのを、今日はじめて知った。今まで相澤が気付かなかったのは、山田がいつも静かにベッドを抜けだし、煙草を吸ったのち煙をシャワーで洗い流しているからだろう。それは気遣いというほどのものではなく、山田の中の自然な美学においてなされていることだろうが、とはいえ気心の知れた関係でそこまでされるのは少しこそばゆい。
「…お前はそうやって…いらん感情を抱かせる」
ぽつりと漏れた呟きが、ベッドに吸い込まれる。あまり自覚をしたくはない感情だが、相澤は少しだけ拗ねていた。山田があの光景を自分に見せていなかったことに。それから、甘やかされるまま今日まで知らず眠りこけていた自分にも。